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宇宙の視点から見た文明と環境

「宇宙の視点から見た文明と環境」
松井孝典

「分かる」とは

我々が物事を認識するというのは、外界を脳の中に投影してそこに内部モデルを作ることであり、その瞬間ごとに入ってくる情報をこの内部モデルにてら して調整し、判断するということである。科学的に理解する、すなわち「分かる」ということは、この投影を、ルールに基づいて行うことを意味する。ルールと は、二元論と要素還元主義である。
この場合の二元論とは、認識する主体である我々人間と、対象である客体とをはっきり分ける考え方のことである。宇宙のことを考えるときは、宇宙のことだけを考え、それを考える我とはなんぞやという問題は、とりあえず棚上げにするということである。

 一方、要素還元主義というのは、考える対象を細かく絞り込んで物事を考えていくということである。例えば、宇宙を考えるではあまりに対象 が大きすぎて漠然とする。それを、銀河系とか、太陽系とか、対象を絞り込んで考えるということで、このように問題を絞り込んでいくと考えるべき問題が明確 になる。
科学者が「分かる」ということは、以上のようなルールのもとで、設定された問題が解けたということである。しかし、一般の人たちはそのようなルールに基づ いて外界を脳の内部に投影しているわけではない。一般人の世界では、実は「分かる」というより、「納得する」が重要である。

 例えば、宗教などを考えてみればよい。千日回峰行のような荒行をやった特別なお坊さんの言うことをありがたがって聞くということは、これ はまさに人々を納得させる一つの有効なシステムと考えることができる。したがって本講演では、科学者以外の人々に、宇宙のこととか地球、生命、文明のこと を、二元論、要素還元主義的に「分かって」もらうことを意図していたわけではない。参加者のそれぞれに、筆者の主張を納得してもらい、いろいろな問題を考 えるときに、このように考えたら今までと違う何かが見えてくればよいと考えている。

「宇宙の視点とは」

 宇宙というのは空間的に広く、またその情報はみな時間的に過去の情報である。従って、宇宙の視点で考えるということは、非常に広い時空スケールで 問題を考えるということになる。それは、具体的には、俯瞰的、相対的、普遍的に考えるということである。何故「俯瞰」かといえば、例えば、宇宙から見れ ば、地球という全体が見えるということで、大気や海や大陸という個別の物質圏が個別に独立して見えるわけではない。また「相対的」というのは、例えば宇宙 というスケールで見たら、生命も、その長い歴史の中で無数の地球と似た惑星の上で必ずどこかで生まれてくるもので、この地球の上だけにしかいない(絶対 的)と考える理由はないということである。

 「普遍性」とは、ある特殊な時空で成立する現象が、より広い時空スケールで成立する場合、普遍性があるという表現をする。ギリシャ以来、 全ての学問が普遍性を追求している。特殊な時とか場所で成り立つのではなく、どんな時、どんな場所でも成り立つような考え方、法則を追求する。そのような 意味では、宇宙で成立することが、普遍性を持つことになる。

 物理と化学は、この宇宙で成立するということが確認されている。従って、普遍性のある学問である。生物学はというと、今のところ我々が 知っている生物は地球の上の生物だけであるので、宇宙というスケールでは、普遍性はない。物理学や化学と同じ意味で、生物学というのはまだ成立していな い。 我々はまだ太陽系の中で、ほかの生命を見つけていないが、それは実は地球生物学に毒されているため、即ち地球型の生物を探そうとしているから見つかってい ないといういい方もできる。もし我々が既に普遍的な生物学を手にしていて、それに基づいて生命探査をしているとしたら、火星でもタイタンでも、あるいはエ ウロパでも、生物を発見しているかもしれない。
そのことを示唆する良い例がある。我々は10年ほど前まで、太陽系のような惑星系をこの銀河系の中で一生懸命探していたが、見つからなかった。それが 1995年、初めて見つかった。偶然のことである。太陽系の巨大ガス惑星と全く異なり、4日周期で公転する巨大ガス惑星(系外惑星系)が見つかったのであ る。以降、太陽系のような惑星系という思い込みを外した結果、系外惑星系が現在までに200ぐらい見つかっている。

 地球規模での普遍的な生物学を確立しようということで、今地下の岩石圏や、冷たい深海のメタンハイドレート層、あるいは熱水噴出孔、大気 圏の上空の大気の薄い所など、発想を変えて新しい生命を探し始めている。その結果今までの生物学で説明できないような生物が、続々と見つかり始めつつあ る。ちなみに筆者は、宇宙における普遍的な生物学の構築を目指して、現在、アストロバイオロジーという学問を立ち上げようとしている。
対象が生命であればアストロバイオロジーだが、文明であれば、今もその試みを続けているが、智求(地球)学の確立である。宇宙で成立すれば普遍性があると 述べたが、実はこの宇宙そのものは特殊である。なぜ特殊か?例えば、物質には「物質」と「反物質」がある。しかしこの宇宙は物質だけからできている。これ は、極微の世界を支配する物理法則の「対称性の破れ」によるもので、特殊であることを示唆する。
あるいは、物理法則には万有引力定数、プランク定数など、いろいろな数値が含まれるが、これもその特殊性を示唆する。あるいは、ユニバースというが、本当 はマルチバースの一つかもしれない。我々が実際に観測できるのは、この宇宙に限られるので、このことは観測によって確かめられないが、理論的にはユニバー スである必要はない。従って、この宇宙で成立するから普遍性があるというのは、我々のおごりかもしれない。しかし、そのことを踏まえて更に議論をし始める ときりがない。そこで、とりあえずここでは、宇宙で成立したら普遍性があると考えることにする。

宇宙の視点からみた文明とは

現在、我々の存在を宇宙から見ることができる。例えば、宇宙から地球の夜半球を撮影するとみえる、光の海である。このような光の海は地球だけにしか 見ることができない。宇宙からの視点では、この光の海こそ文明といってもよい。光の海が見えるとは要するに、地球という一つのシステムの中に、我々がその 構成要素の一つを作って生きていることの反映である。
システムとは、構成要素、関係性、駆動力の三つから成っている系のことである。地球の場合、その構成要素とは大気、海、大陸などの物質圏を考えればよい。 関係性というのは、例えば海から水が蒸発し、大気中で雲を作り、雨になって地表に降り、大陸地殻を浸食する、というような物質循環を考えればよい。駆動力 というのは、地表の場合には太陽である。太陽の光によって海が暖められ、蒸発が起き、大気の滞留が起こる。
光の海の存在を脳の中に投影し、概念化して考えると、人間圏なる概念が定義できる。今我々は地球システムの中に、「人間圏」とう新しい構成要素を作って生きているのである。人間圏を作って生きる生き方のことを文明という。
人間圏は1万年ぐらい前に誕生した。農耕牧畜の開始とともに生まれたもので、生物圏とは全く別の構成要素である。生物圏の中の種の一つとして生きていた人 類と、人間圏を作って生きている人類とは、地球システム論的には、全く別な存在である。この人間圏という概念を基に、文明とは何かを考えないと、文明の普 遍的な議論はできない。
我々現生人類は、1万年ぐらい前に、狩猟採集という生き方から農耕牧畜という生き方に転換した。人類の歴史は、700万年ぐらい前まで遡るが、現生人類で ある我々は大体、15、6万年前にアフリカで生まれた。農耕牧畜を始めた1万年ぐらい前までは、それ以前のほかのヒトと同じように、狩猟採集をしていた。 狩猟採集という生き方は、人間以外のほかの生物もやっている生き方で、それは生物圏に閉じた生き方である。それに対し、農耕牧畜は、全く異なる生き方であ る。例えば、森林を伐採して畑に変えるということの意味を考えてみれば、人間圏の意味がわかる。
森林と畑とでは、太陽から入ってくるエネルギーの吸収、反射の割合が違う。これは太陽から入ってくるエネルギーの流れを変えるということである。脳の中に 投影した内部モデル的にいうと、それは地球システムのエネルギーの流れを変えることを意味し、地球システムの中に人間圏という新しい構成要素を作るという ことになる。地球システムの物とかエネルギーの流れを変えるということが、新しい構成要素の誕生を意味するということは、過去の地球史にもその例をいくら でも挙げることが出来る。例えば、生物圏の誕生であり、大陸地殻の誕生である。

現生人類は何故人間圏を作ったのか

我々は何故1万年前に農耕を始めたか?それは、その頃に気候が安定した状態になり、春、夏、秋、冬と季節が規則的に巡ってくるようになったからであ る。地球が何故このような安定な状態になったのかは現在まだ不明である。結果として1万年位前に気候システムが安定化し、それまでの採集していたものを、 栽培するということで農耕が始まった。 しかし、700万年に及ぶ人類の歴史を考えれば、気候システムが変わって農耕を始めたのが、何故我々現生人類だけなのか疑問である。これにはいくつかの理 由が考えられる。一つの理由は、おばあさんの誕生である。ここでおばあさんとは、生殖期間が過ぎても生き延びているメスのことを意味する。チンパンジーと かサルでは、生殖期間が終わるとメスは大体数年で死ぬ。ネアンデルタール人など他の人類も同様である。現生人類のメスだけは、何故か子供が産めなくなって も長く生き延びるようになった。娘にお産の知識が伝われば、お産は、少しは安全になる。おばあさんは子供の面倒を見る。その結果、娘が間をおかず次の子供 を産むことができる。要するに、子供を産む期間が短くなる。以上の結果人口増加が起こる。
アフリカに生まれた現生人類は、今から5万年ぐらい前には既に世界中に散っている。これは人口増加の結果と考えられる。人口増加でいつでも食糧難に直面し ていたわけで、気候の変化により毎年同じ時期に採取できるものがあれば、それを栽培しようとしても不思議はない。農耕が始まり、その結果余剰な食糧を獲得 すれば、より多くの人が生きられるということになる。
たくさんの人が集まって安定に住めるためには、別の理由が必要になる。チンパンジーは戦争をすることはない。しかし、自分のテリトリーがあって、そこによ そ者のチンパンジーが入ってくると殺す。一箇所に集まってたくさんの人が住むためには、何か特殊な能力が必要である。我々現生人類の脳の中の仕組みは、そ れ以前の人類と違ったのだろうと考えられる。
我々は言語を明瞭にしゃべる能力を持つ。言語を明瞭にしゃべれるとは、コミュニケーションができるということだ。例えば、今日、狩猟に行った、このような ことがあった、ということを相手に伝え、その場にいなかった人でも、脳の中に内部モデルを構築し、その事実を認識できるようになる。脳の中に内部モデルが できるという能力は、共同生活ができ、人間圏というシステムを作って生きられるということを意味する。現生人類が1万年ぐらい前に、人間圏を作って生きる という選択をした背景には、脳における情報処理ができ、共同幻想を抱いて生きられるようになったということも大きいと考えられる。
現生人類が人間圏を作って生きるという選択をした結果、宇宙の歴史的産物である自然を理解できるようになった。自然を理解するとは、宇宙の歴史を書いた古文書を読み解くことに相当する。その解読したものが、我々の知の体系なのである。

文明のパラドックス

今、我々は文明のパラドックスに直面している。地球規模の文明を作り、人間圏が大きくなると、環境問題が顕在化し、地球システムから人間圏の拡大に 対する負のフィードバックがかかる。文明が発展し、宇宙を認識するようになると、その文明の基盤を揺るがす諸問題が顕在化するというのは、皮肉なことであ る。宇宙を認識するということが、文明を築くということのゴールだとすると、そうなった瞬間に我々のレゾンデートルが失われるということで、これはある意 味でパラドックスといってよい。それを筆者は文明のパラドックスと呼んでいる。我々が現在直面する環境問題、資源・エネルギー問題、人口問題、食糧問題な どは、全て文明のパラドックスなのである。
地球規模の文明になると宇宙の歴史が読め、知の体系が作れるのだけれども、読めた瞬間に、我々はこの宇宙に誕生してきたレゾンデートルを失っているかもしれない、そのためにその文明は存続の危機に直面しているのではないかということだ。

最後に問題を整理しておこう。137億年の時空スケールで文明を考えることが必要だということだが、人間圏が地球システムのなかで安定な構 成要素なのかどうかということを、まず問わなければならない。そうするためには人間圏の物質循環を、地球の物質循環の速度に合わせたものにする必要があ る。
いいかえれば、我々は今地球の上で、物質循環の速度を速めて生きている。地球システムの固有の運動という意味では10万年ぐらいで移動するような速度を、 1年というくらいのスピードに速くている。だから、我々は豊かさを手にしたといえるのである。人間圏の存続しているのは1万年だが、1万年掛ける10万年 は10億年である。実質的には(地球時間、即ち地球システムの物質循環のスピードで測れば)、10億年に相当する期間存続しているということである。人間 圏を作って生きるというのはそういうことなのだ。だから今、環境問題等が顕在化しているのである。
この地球の物質循環の速度に合わせたような生き方が、人間圏を作って生きるという生き方でもできるかどうか。そのためには人間圏の内部システムをどうするか、その内部システムのユニットをどうするか等が重要な問題である。

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