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山の形をした魂 山形宗教学ことはじめ

千歳 栄著『山の形をした魂 山形宗教学ことはじめ』
(青土社、1997年、269頁、1800円)
頼住 光子

本書は、数々の要職をつとめる山形市在住の実業家であり、民間の宗教学者として活躍する千歳栄氏の著書である。千歳氏は、土地に深く根差しつつ、同時に普 遍的なるものへ通じる宗教性の復権を唱える。冒頭に寄せられた中沢新一氏の言葉にもあるように、本書は、まさに「高い宗教性を持った精神が成長するのに必 要な、霊的な土壌の育成への直感」に満ちた、示唆的な著作である。まず、目次を挙げておこう。

  • はじめに  中沢新一
    • 序 山形山岳マンダラ
    • * 郷
    • 端山信仰と山形の宗教をめぐって
    • 黒川能と王祇祭/法相宗学僧 徳一/即身仏 鉄門海上人/黒滝山 向川寺/城輪柵跡/三森山モリ供養/押出遺跡
    • * 心
  • 草木塔とアニミズムをめぐって
    • 日本人の宗教心/一念3千の心/唯識・八識の心/諸法無我の心/陰陽の心/円環の心/曼荼羅の心/アイヌの信仰心/ヒンドゥの思想
    • * 匠
  • 職人・芸術家とモノづくりをめぐって
    • 数奇屋考/利休の侘び/山寺秘宝館と郷愁の美学/山寺芭蕉記念館と精神風土/無 吾妻兼次郎の彫刻/空にかける階段 富樫実の彫刻/浮遊する水 松田重仁の彫刻/画家・布施哲太郎の人と作品/木下晋の合掌の絵/夕日に砂山健の残像をみる
    • * 談
  • 地域文化考 舞踏家・森繁哉との対話
    • モノづくりの文化/心の文化/二十一世紀を拓く道
    • モノと語る 清野真好/浜田友緒/松田重仁との対話
    • 金属とのコミュニケーション/土との自然な付き合い/木と共に呼吸する
    • モノづくりを考える デルマス柚紀子/富沢木実/政所利子との会話
    • フランス工芸と日本人/新しい職人の時代/人類の共通無意識と地霊思想
    • 職人の宇宙 あとがきにかえて 中沢新一との対話
  • 謝辞

以上の目次からも分かるように本書は、大きく二つの部分に分けられる。まず前半においては、山形の土地に根差しつつ普遍へと通じる宗教性について、 具体的な例を挙げて明らかにし、それをうけて、後半においては、山形出身、山形在住の「モノづくり」の実践者たちの仕事が紹介され、彼らとの対話が行われ る。そして、最後に、総括として中沢新一氏との対話の中で、山形のもつ精神的宗教的風土とそれを踏まえた文化創造のヴィジョンが語られるのである。

千歳氏は、環境問題や道徳的荒廃など深刻化する現代の危機に対処する一つの有力な示唆を、山形の精神的宗教的風土に見出そうとする。千歳氏 は、山形県は、その名が示す通りに「山岳が集形した地」であり、出羽三山を中心として、鳥海山など八つの千メートルを越える山々がそれを取り囲む様は、あ たかも胎蔵界曼荼羅の中心にある大日如来を囲む中台八葉院であるとする。この「山形山岳マンダラ」にシンボライズされるように、山形の精神的宗教的風土と 密接に結びついているのが、山岳信仰である。

千歳氏が山形の山岳信仰として力を入れて取り上げるのが、祖霊信仰と深く結びついた端山信仰と自然信仰と深く結びついた草木塔である。

端山信仰とは、山形の各地、さらには近県にも見られる信仰である。端山とは、文字通り、山並みの端で、奥深く連なる山々が平地の村落に接す るその端にある山である。端山は、「葉山」「羽山」などとも表記され、村落からほど近く、あまり高くはないが美しい形をしており、村落共同体の成員たち は、死者をその山の麓に葬った。そして死者の霊魂は、その山に登りそこに宿り、三三年なり五十年なりが経過すると、さらに高く深い「深山」に昇り、そこか ら天に行き、正月や彼岸、お盆など、年に数回、村落にすむ子孫のところに戻ってくると考えられていた。

千歳氏が挙げる端山信仰の実例として特に印象的なのが、鶴岡市清水の三森山のモリ供養である。三森山は上清水、中清水、下清水の三部落のそ ばにある海抜一二〇mほどの山であり、まさに「端山」である。モリ供養は、八月二二、二三日に行われ、この両日だけは、三森山の禁足が解かれ入山が許され るという。お盆の一六日に送り火で送られた祖霊たちは、別々には帰らず、いったん三森山上に集まって、花や水などの供え物や僧侶の読経などの供養を子孫よ り受けてから、月山に帰っていくと信じられているのである。

山形県のみならず、東日本一帯に教線をのばした出羽三山信仰も、この端山信仰を源流としており、また密教が伝播してさかんになった出羽修験 もこの端山信仰を基盤にしているのである。この端山信仰については、日本民俗学の祖とされる柳田國男も「先祖の話」において言及しており、日本民族の信仰 の源として重視したものである。戦争に敗れた直後、日本民族の精神的支柱としての祖先崇拝を宣揚し日本民族の道徳的向上を促そうとした柳田國男と同様に、 千歳氏は、現代の危機を乗り越える一つの精神的なてがかりとして、死者と生者が交感しつつ、永遠の命の循環を生きるという思想のもつ豊かな可能性を主張す るのである。

「山形宗教学」の重要な具体的事例として、次に千歳氏が提示するのが、草木塔である。草木塔とは、安山岩や花崗岩の自然石や、凝灰岩の加工 石でできた高さ一m前後の石碑で、形は薄い卵型で、「草木塔」「草木供養塔」「草木国土悉皆成仏」などという文字が刻まれている。これは、自然物にカミが 宿るとしてそれを崇拝したアニミズム信仰、自然信仰を基盤としている。また、山で木を伐採したりそれを運搬したりする仕事に従事していた人々が事故や災害 があったときに、それを切られた木の祟りだと考えて、鎮魂供養のために草木塔を立てたとも考えられている。

このような草木塔は、現在、山形県南部を中心に九十基ほど確認されており、千歳氏も、自分の建設会社が山寺(立石寺)に記念館を建てた時に、やむを得ず伐採した樹木の霊を供養するために草木塔を建立したという。

この山寺の草木塔に碑文を書いた梅原猛氏が言うように、仏教的文脈において語られる「草木国土悉皆成仏」の思想は、もともと日本人がもって いた一草一木にも神が宿り、人間と草木とは生命として密接な繋がりを保っているという考え方の上に築かれたものである。千歳氏も、環境と人間とを切り離せ ないものとして捉えた上で、人間が自らの必要や便宜のために、やむを得ず自然を侵し傷つける行為におりあいをつけるのが、さまざまな儀礼や祭りなどの習俗 であり、その儀礼の中で生まれたのが草木塔であるとする。そして、自然と人間との共生、あるべき繋がりの実現の一つのモニュメントとして草木塔を捉えよう とするのである。

本書の後半部において、千歳氏は、山形の自然風土や精神風土に根差す「モノづくり」の実践について、多くの数寄屋や茶室を手がけた自らの体 験をも含めて豊富な事例を引きながら、その奥にある日本人の美意識や地域に根差した精神的風土について明らかにする。作品や建築物の写真などが豊富に掲載 され、山形出身、山形在住の画家、彫刻家、陶芸家などの作品がその精神風土をふくめて解説され、創作やその背景をめぐって、彼らと語り合う。特に印象的な のが、現代舞踊家であり即興的ダンスの実践者である森繁哉氏との三回に渡る対話である。
その対話において、信仰というものは「何かを想い、何かを感じる人間の微細な感情が蓄積された結果」であり、その意味で普遍的なものであることが 明らかにされる。そして、その微細な感情は、肉体に、また肉体や精神が置かれた場としての風土と密接に結びついているという。たとえば、対話の中で、千歳 氏は、「沢山の聖地を訪れた結果、最近では遠目にみても縄文の信仰遺跡があるということが分かる」と言い、森氏は「それは場を読む力であり、ダンスの感覚 でも瞬時にその場所の表情を読み取っている。それは理論や直感を越えて、むしろむこうから訪れてくるものなのだ。」と応答する。このような場を読み、空気 の流れを感じる感性は、同時にその場に顕現している何者かに対する畏れや、我執としての自己を脱した自由と深く結びつき、信仰や芸術の根底をなすのであろ う。森氏以外にも、芸術家たちが、作品は自らが作るだけではなく、「自然に発生するもの」「作品は自分の自我を表現するものではなくて、自然への捧げも の」と一様に述べていることは感慨深い。

以上述べてきたように、本書において千歳氏は、山形の地に根差すさまざまな信仰の中に、今日的問題を解決するためのヒントを見出す。それ は、生きとし生けるものが空間的に広くつながり合う共生と交感の思想であり、時間的に結びつき合う循環の思想である。これらの思想の根にあるのは、見えな いものへの感受性であるといってよいだろう。

このような感受性は、地球システム・環境倫理にとってもたいへんに重要な示唆を含んでいるといえよう。千歳氏の提唱する循環と共生の思想の 特徴的なことは、見えないみえないものへの感受性、風土によって形成される肉体や無意識の中に、理性を超えた創造の原理を見出そうとするものである。
環境問題解決のための大きなポイントは、ここにはいない未来世代、ここから遠く離れた途上国の人々をありありと視る力をどう養うかということであ ろう。本書は、直接的に環境問題について触れてはいないが、環境問題を深い意味で捉えるためには何が必要なのか、どのような感性を養う必要があるのかを教 えてくれる貴重な一書といえる。千歳氏の日本全国の聖地をめぐった記録『神々の風光』上下(MOKU出版、二〇〇五年、二〇〇六年)、山寺(立石寺)の開 山でここに遺骨を葬ったと伝えられる円仁の事跡を解説した『慈覚大師円仁 追慕の情景』(東北芸術工科大学東北文化センター、二〇〇六年)等の近刊とあわ せてぜひ一読をお勧めしたい。