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スピリチュアリティの興隆 新霊性文化とその周辺

島薗進『スピリチュアリティの興隆 新霊性文化とその周辺』
(岩波書店、2007年、331頁、2940円)
頼住 光子

 現代の日本では、仏教やキリスト教などの既成宗教・伝統教団の信者数の割合が低下しているという。日本は、もともと諸外国に比較して、既成宗教の 信者の全人口に占める割合が低く、共産圏を除くとほぼ最下位に近い。戦後かなりの期間、その割合は3割前後で推移してきたが、ここにきて2割程度になって いる。それでは、現代日本人が宗教ひいては宗教的なるものに対して無関心かというと、そうとばかりは言い切れない。たとえば、マスメディアなどで占い師や いわゆる霊能者が登場してカリスマ的な人気を集めたり、コンピューターゲームやアニメーション、映画、小説のなかで宗教的シンボルが多用され救済のストー リーが語られたりしている。既成宗教の枠に捉われない、聖なるもの、精神世界に対する興味は、若者を中心として広い裾野をもち、静かなブームとなっている と言ってよい。

 本書は、近年顕著なこのような社会・文化現象に対して、本学会理事であり現代日本の宗教学者として第一線で活躍する島薗進氏が、「スピリ チュアリティ」という観点から検討したもので、宗教社会学的に興味深い知見を披瀝するのみならず、文明批評として鋭い分析を現代という時代に加えている。 まず、章立てを示しておこう。

  • はじめに
  • Ⅰ 新霊性文化をどうとらえるのか
      第1章 スピリチュアリティの興隆
    • 第2章 ニューエイジか新霊性か
    • 第3章 新霊性文化と宗教伝統
  • Ⅱ 生きる力の源泉を求めて
    • 第1章 スピリチュアリティと「生きる力の源泉」
    • 第2章 教団的宗教の枠の中で
    • 第3章 「宗教」を超えて
    • 第4章 漂泊
    • 第5章 根を下ろして生きる
    • 第6章 祈り・死者・道
    • 第7章 自己実現・自己解放と超越
    • 第8章 全体の見取り図
    • 付録 「現代日本人の生き方」調査について
  • Ⅲ グノーシス主義と新霊性文化
    • 第1章 グノーシス主義とは何か
    • 第2章 グノーシスと現代の救済
    • 第3章 新霊性文化とグノーシス主義
    • 第4章 グノーシス主義と精神史の現在
    • 終章 社会の個人化と個人の宗教化―ポストモダン(第二の近代)における再聖化―
  • あとがき

 以上からも分かるように、本書は、三部から成っている。 まず第1部では、1990年代後半以降、日本をはじめとして先進諸国でさかんに使用されるようになった「スピリチュアリティ」という言葉をてがかりに、著 者が近年顕著な一連の現象に対して名付けた「新霊性文化」とは何かということが明らかにされる。まず、「霊性」の原語であるスピリチュアリティ spiritualityとは、「個々人の聖なるものの経験や、そのような経験を実現する力」と定義される。この言葉は、もともと体系化された教義ではな くて個人的宗教性を表す言葉ではあったが、従来は、既成の教団宗教の枠内で経験されるものであった。しかし、近年、その枠組みを離れて様々な分野におい て、たとえば、終末期医療、エコロジー、福祉、ヨーガや気功などの身体技法、ニューサイエンス、意識変容のセラピーやセミナー、フェミニズム運動、平和運 動、環境運動、各種カウンセリング、セルフヘルプ運動などにおいて、スピリチュアリティについて言及されることが目立ってきており、伝統的宗教の枠組みを 超えた新たなこの動きを、著者島薗氏は、「新霊性文化」と名付けるのである。 上述のような一連の現象が先進諸国に現れた経緯を辿ると、60年代のアメリカの公民権運動やベトナム反戦運動を背景に盛んになったカウンターカルチャー (対抗文化)がその源泉となる。それらの運動の中で、政治的社会的解放のみならず心身の解放、個人の内面の自己解放などを求める動きが発展してきた。その 流れは、80年代、90年代前半には、ニューエイジ、精神世界などと呼ばれるようになり、現代では、単なる一過性の流行ではなく、さまざまな現象と合い結 びながら、主流文化の中に確固たる位置を占め、人々に人生の意味とアイデンティティを供給するようになっている。 新霊性文化の担い手となったのは、1970年代以降、急激に進展するグローバル化の流れの中で、共同体の安全網がはずされていき熾烈な生存競争にさらされ た個人である。激化する格差、競争社会において、ひたすらに効率と業績を求めることに疲れ傷ついた彼らは、自己の寄りどころと癒しを求めて、個人の自立自 由を尊びながら大いなる何かにつなぎとめる文化的装置である新霊性文化のあり、次に上げるような諸特徴をもっている。

  1. 新霊性文化の担い手は個人であり、瞑想や呼吸法、心理療法的対話、グループワーク、ボディワーク等を契機とする身体の変容、意識覚醒体験(自覚、 気付き)によって、自己変容、自己実現、自己解放を目指す。そのことを通じて、社会における自己の地位の向上を目指す場合もあれば、社会の仕組みそれ自体 を問い直す場合もある。
  2. 新霊性文化は、個人に立脚しつつも、個人を自己完結的なものとして捉えるのではなくて、より大きな広がりや繋がり(たとえば「いのち」など)の中で捉える傾向をもつ。
  3. 新霊性文化は、特定の民族や国家への所属に関わりなく、地球上のすべての個人に開かれるという普遍主義的性格をもつ。従来は、救済宗教 と世俗的ヒューマニズム(近代合理主義)という二つの普遍主義によってアイデンティティ形成が行われることが多かったが、それに対するオルタナティヴを新 霊性文化は提示している。
  4. 伝統的な教団宗教では人間を悪とみなし、神仏などの超越者に帰依することによって救済が可能となるとされるが、新霊性文化では、人間については必ずしも悪とは捉えず、救済よりも自己変容が目指され、また、絶対的な超越者を想定することも少なく、その意味で超越性が弱い。
  5. 新霊性文化は、科学万能主義、効率至上主義、生産や発展に役立つもののみを評価する近代の価値観に対するアンチテーゼを含み、場合よっては自覚的に「文明の変容」が志向される。
  6. 新霊性文化は、市場経済や消費文化、メディアの発達と密接な繋がりがある。個人は、一元的な権威に帰依するのではなくて、多様な情報を 自ら取捨選択し、消費行動を通じて、新霊性文化を担う。(しかし、必ずしも、消費文化を必須のものとするのではなく、それに対する見直しを提起する場合も 含む)

 以上のような、新霊性文化についての理論的検討を踏まえて、第2部においては、著者島薗氏らのグループが行った「現代日本人の生き方」に関する調 査に基づいて、現代における新霊性文化は、具体的にはどのようなかたちにおいて展開されているのかが示される。ここでは、住職、神主、新宗教信者、キリス ト教信者、自己啓発セミナートレーナー、主婦、エコロジスト、フリーター、会社員、幼稚園教諭、陶芸家、華道茶道の師匠、運転士など、さまざまは人々への インタヴューを通じて、新霊性文化が一般の人の普通の生活の中に根を下ろしつつある現実が提示され興味深い。

 第3部においては、西洋における新霊性文化の源泉の一つとみなされているグノーシス主義を取り上げ、その観点から新霊性文化に新たな光が あてられる。グノーシス主義とはキリストが生まれた紀元前後に起こり、古代地中海世界に大きな影響を与えた宗教思想運動である。そこでは、完全にして善な る本体界と、そこからの失墜として捉えられる悪に満ちた現世という二元論的世界観のもと、人間の魂と肉体とは悪に満ちたものであるが、魂の中には本体界の 断片である霊(プネウマ)があるが故に、この霊に目覚め、霊智(グノーシス)を得ることによって本体界に回帰すること可能であると主張される。個人の目覚 めによる高次の存在への接近と、この世の集団や組織による束縛を逃れた自由な精神的探求を主張する点において、グノーシス主義と新霊性文化は接点をもつ。 さらに、グノーシス主義の基本感覚である「異邦人」感(よそよそしく悪にみちた世界が自分を取り囲んでいる)や、それゆえに「魂の故郷」を求めようとする 希求は、現代の新霊性文化と重なるが、しかし、悪の捉え方について、悪を仮象とみなす新霊性文化と、悪の実在性を説くグノーシス主義は対照的であり、新霊 性文化の人間の霊的進化への楽観的信仰は、まさにこの悪の捉え方と関連しているのである。

 終章において、本書全体をまとめて、著者島薗氏は、世界的な「社会の個人化」の動きは、必ずしも世俗化、脱宗教化には繋がらず、「個人の 宗教化」と連動し、公共的空間への宗教やスピリチュアリティの浸透を伴うと結論付ける。そして、公共的空間へのスピリチュアリティの関与の例として、平和 運動や生命倫理問題などと並んで、エコロジーが挙げられる。このことを踏まえるならば、エコロジーとは、単なる政治経済の問題ではなく、現代人のアイデン ティティや実存の深みに関わるものであるということを含意しているといえるだろう。

 本書は、現代人の宗教性を解明上で必読の書であるとともに、エコロジー運動の精神的背景について考える上でも示唆的である。一読をお勧めしたい。