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仏教と倫理―日本仏教をてがかりとして

仏教と倫理―日本仏教をてがかりとして
頼住光子

【序】 宗教教育を行う基本的観点

 教育基本法の改正に向けての動きが活発になっている昨今、その中に盛り込む国公立の学校教育における宗教教育をめぐってさまざまな議論が行われている。 昨今、グローバル化の進行とともに、異文化と交流する日常的な機会がますます増加し、異文化理解が早急に求められており、このような現在の状況の中で、異 文化理解の一環としても、文化の根底をなす宗教への理解を促す教育が必要であることについては、大方が一致して賛成するところであるように思える。
宗教への理解教育の内容としては、児童・生徒の発達段階に応じて、特定の宗派に偏らない(特定の宗派への信仰を前提にもせず、特定宗派への信仰へと導くの でもない)、宗教に関する知識〔宗教の意義や社会的な機能、各宗教の特徴とその歴史、日本における宗教の歴史と現状、宗教文化その他〕や、宗教的寛容の精 神、態度を養う教育がまず考えられよう。また、いわゆるカルト宗教に対する知識を与え、注意を喚起する必要性も叫ばれている。これまでの国公立学校におい て見られがちであった、戦前の国家神道教育復活への警戒を意識しすぎて、宗教に対して敬遠し踏み込まない姿勢を改め、このような宗教理解教育を推進するこ とは、確かに、今後の教育の重要な課題であるということは疑い得ないであろう。
「宗教的情操」の涵養を目的とする宗教教育までも国公立の学校において行うか否かに関しては、推進派、反対派双方が論陣をはり、激しい議論が交わされてい るが、以上挙げたような宗教理解教育については、その内容や方法については今後多くの検討を経る必要があるものの、それを推進すべきであるということに対 しては、管見するところ有力な反対意見は出ていないように思える。
私自身、宗教理解教育を推進することは必要であるという判断に立つ者であるが、ただ、宗教理解教育を推進する上で、見過ごすことの出来ない重要な観点があ るように思える。それは、宗教の現世超越性に対する十分な理解ということである。この、宗教の現世超越性について、仏教をてがかりとして検討し、その検討 を踏まえて今後の日本の公教育における宗教教育について考えることが本発表の狙いである。

【1】仏教における現世と超越

仏教の教えの根幹にあるのは、あらゆる事物は関係の中で仮にそのようなものとして成立しているに過ぎないという無常、無我の考え方である。そしてこ のような関係的成立という考え方を指して、「空―縁起」という。「空―縁起」という言葉は、後年に成立した大乗仏教において盛んに使われるようになったの であるが、考え方それ自身は、最初期の段階から既に存在していたと考えられる。「空」とは何も存在しないということではなくて、存在しているものは、関係 の中で仮に一時的にそのようなものとして存在しているにすぎない(縁によって成立する=縁起)ということである。
そして、存在論としての空―縁起を実践に反映させると、それは無我であり慈悲となる。自己を固定的実体とせず、他の者との関係の中で自己が存立するという ことを自覚することにより、人は自己中心性を免れ、他者の喜びや悲しみを自己のそれとすることが可能となるのであり、さらに言えば、仏教の修行者が目指す べき悟りとは、まさにこの空縁起のわが身における体得に他ならない。悟りの瞬間において、自己は世界のありとあらゆる事物事象と結びつき、自己と世界とが 一つになる。これこそが、仏教における理想の実現なのである。
仏教修行者がめざすべきものは、この悟りの境地であり、さらにこの悟りの境地は、世俗をすてて修行することによってのみ得られるのであり、この意味で、仏 教とは基本的には、俗世を捨てるべきことを主張する「出世間の教え」であることは確かなのであるが、しかし、仏教側が世俗のすべてを排除したわけというわ けでは決してなかった。
仏教教団を構成する信者を四衆と呼ぶが、四衆の内の比丘、比丘尼はそれぞれ、出家した男性と女性であり、優婆塞、優婆夷は在家信者の男性と女性である。そ して、仏教では、出家者は在家信者から生活に必要なものをもらい(財施)、出家者は在家信者に対して教えを与える(法施)ということになっている。つま り、出家することが一番望ましいにせよ、僧侶の生活を支えるものとして(インド仏教では僧侶が生産活動に従事することは許されていなかった)、在家信者の 存在は不可欠であったのである。
そして、在家信者たちに対しても、仏教的世界観、人間観に基づいた道徳的教化がなされ、倫理的向上がめざされた。在家の信者たちに対しては、倫理・道徳の 根拠として、前述の空縁起、無我の教え、さらに因果応報が示された。因果応報とは、インド土着の輪廻転生説と結びついた、生前の行為の善悪が死後の果報に 反映されるという考え方である。仏教の究極目的は、悟りにおいて限りない苦しみの連鎖から抜け出すこと、即ち因果応報を超越することであるが、このような 輪廻からの解脱を望み得るのは出家修行者のみであり、在俗信者は、仏教信仰を基盤とする正しい生活を送ることによって、死後に天人の世界か人間の世界に生 まれ変わることを願い得たのであった。
それでは仏教信仰に基づいた生活とは具体的にはどのようなものだったのか。それについて、インドの初期仏教の諸経典からうかがえるのは、俗人は、まず、 仏・法・僧の三宝に帰依し、不殺生、不偸盗、不邪淫、不飲酒、不妄語の五戒を守り、さらによき社会人として、正業に励み、欲を節し、財を得てこれを正しく 使い、家族など周囲の人との調和を図るべきだとされていたことである。また、人間関係においては、布施(与えること)、愛語(思いやりのある言葉かけ)、 利行(他人のために尽くすこと)、同事(協同すること)の四摂事(人々を包容するための四つの方法)が勧められた。
仏教は、その初期の段階から、俗人に対する道徳的教化に対して熱心であったということができるが、ここで注目しておきたいのは、本来仏教においては俗世を 捨てることが第一義とされ、在家生活は次善のものと考えられてきたことである。つまり、仏教は、俗人の倫理的向上に役立つ側面が非常に多くあったが、しか し、仏教の本来の目的は、あくまでも世俗を捨てて修行し悟りを開くことであり、そこにこそ仏教の宗教としての本質があったことは十分に留意されなければな らないであろう。
中村元博士が指摘するように、インドの初期仏教においては、世俗の最高権威である国王は基本的に収奪者とされ、国王にことさらに逆らう必要はないが、同時 に国王に従う必要もないとされ、仏教教団は世俗的秩序から独立した治外法権を主張した。ここでは仏教と世俗とは基本的に相克的なものとして捉えられている のである。しかし、仏教がインドから中国に伝わり、古代より中央集権的王権が成立していた中国においては、仏教も国家権力に従属することを余儀なくされ る。例外的に東晋の慧遠(334~416)が「沙門不敬王者論」を著し、世俗権力の上に立つ僧侶は、たとえ皇帝に対してであろうと敬礼する必要はないと主 張したが、これは東晋という弱体化した王権のもとでのみ可能であった言説であり、中国仏教の歴史を通じてみるときわめて異例のことである。中国仏教の歴史 を通じて、国家仏教的色彩が濃いということができる。そして、中国仏教の強い影響を受けた日本の仏教も同じく鎮護国家的な傾向が強く見られるのである。鎮 護国家の思想とは、宗教としての仏教が世俗世界の権威を補強するということであり、仏教側からみれば世俗から保護と統制とを受けるということである。
このような相補的な関係というのが、日本仏教の常態であった。この相補と相克について、日本中世の親鸞を手がかりにしてさらに考えてみたい。以上の相補と相克についてさらに鎌倉仏教を手がかりとして検討してみよう。

【2】宗教と世俗との相補と相克――鎌倉仏教を手がかりとして

 さて、昨今中世仏教の枠組みとして、歴史学者黒田俊雄氏の提唱した顕密体制が重視されている。顕密体制とは、中世仏教の正統は、天台宗を筆頭とす る旧仏教であり、台密(天台密教)、東密(真言密教)等の密教と南都六宗や天台宗など旧仏教である顕教が、世俗世界の権力と結び付いて、正統宗教としての 地位を固めた体制のことである。この顕密体制を支える思想は、密教思想の影響下に形成された天台本覚論である。それは、生きとし生ける者はすべて悟りの本 質を具えているということであり、さらにそれ故に、現実にあるものすべては既に真理であるとして、現実が絶対肯定されるのである。

 このような主流派に対して、いわゆる鎌倉新仏教の側は反主流派であり、親鸞にしても道元にしても日蓮にしても、国家によって弾圧を受けた 点で共通している。彼らは、仏教が本来もっていた現世否定的傾向を最高度に発揮したもので、世俗世界の秩序やそれを維持する道徳よりも、宗教的当為を優先 させたのである。彼らの教えは、このようにラディカルなものであったが、多くの場合、教えを継承した弟子によってその先鋭性は緩和されていった。そしてそ のことによって世俗秩序や道徳と和解し、教えが広がっていったのである。ここでは、親鸞を中心とした浄土思想を例にとってみよう。

 平安時代の浄土教は、阿弥陀仏に帰依し、更にさまざまな善根を積むことによって往生しようとするものであったが、造寺造像などの功徳を積 める者は少数の富裕な貴族に限られてした。しかし、鎌倉新仏教の一つである浄土宗の開祖法然(1133~1212)は、口称念仏を主張し、「南無阿弥陀 仏」(阿弥陀仏に帰依するという意味)と唱えることによってだれでもが救われると説いた。念仏とは、そもそもは阿弥陀仏の姿やその浄土の有様を、思い浮か べつつ瞑想する修行であったが、法然は、そのような修行をする能力も機会にもめぐまれない人々を救う手立てとして、阿弥陀仏の自分の名を唱える人を救うと いう願を立てたとして、口称念仏による救済を主張したのである。
そして、法然の高弟であった親鸞(1173~1262)は、念仏を唱えることも、信心を起こすことも、すべて阿弥陀の他力によるという絶対他力を主張し た。親鸞は、世俗道徳に対しては、「神祇不拝」を貫くなど、徹底的に非妥協的な態度を貫いた。東国の弟子である唯円が親鸞の言葉を記録した『歎異抄』によ れば、親鸞は、「親鸞は父母の孝養のためとて一返にてもまふしたること、いまださふらはず」として、先祖崇拝という世俗道徳と念仏信仰の癒着を厳しく否定 した。また、妻であった恵心尼の手紙によれば、親鸞は天災で苦しむ人々の為に経を唱えようとしたことを厳しく自分批判しており、現世利益を祈る祈祷仏教と いうあり方も否定する。さらに親鸞は、自分の死後のことについては「某閉眼せば鴨河にいれて魚にあたふべし」と言い残し、仏教が葬礼と結びつくことを否定 している。

 親鸞のこのラディカルさは、造寺造像など当時の鎮護国家仏教のために積まれた功徳を無効と宣言した師法然譲りのものであったが、彼らの思 想それ自体が含む、反鎮護国家仏教、反顕密体制の志向性は、国家による弾圧を招くところとなり、建永2年(1207)、親鸞をも含む法然一門は流罪に処さ れるに至ったのである。

 しかし、浄土真宗が民衆の中に広まっていくに際しては、民間で行われていた祖先崇拝と融合しないわけにはいかなかった。浄土信仰の本来の 教義からすれば、信者は死後には極楽浄土に往生するのであるから、本来は、年忌法要など不要なはずであるが、念仏聖たちによる死者供養は、真宗の広まりと ともに先祖供養へとかたちをかえて定着していったのである。また、宗祖親鸞は「神祇不拝」を主張したが、その後の教団においては、本地垂迹説を取り入れ神 道と念仏信仰とを調和させ、世俗道徳との融合を図ったのである。
さて、浄土真宗が教団としての隆盛期を迎えたのは、親鸞から数えて八代目の蓮如(1415~1499)以降である。彼は当時分裂していた真宗教団を、本願 寺を中心としてまとめあげ、『御文』にみられるように、平易な言葉で教えを説いて民衆を引きつけた。彼は、世俗秩序に対しては融和的であり、ことあるごと に「信心為本、王法為先」を説いた。これは、もとより信心は大切であるが、世俗の倫理的行為もまた重要であるということを意味する。彼は、信者に対して、 親に孝行をし、神仏を疎かにせず、領主に従い、公事を全うするべきであると説いたのである。

【3】宗教理解教育と現世超越

 「世外の教え」「出世間の教え」である仏教に典型的に見られるように、宗教、とくに万人の救済を旗印にして、国家や民族を超えて広まった世界宗教 は、そもそも、現世超越的であり、世俗世界を相対化し絶対的な真理を探究するという志向をもっていたが、日本仏教においては、上述のように、その志向はご く一部の宗教者によって貫かれたに留まり、仏教は、基本的には、世俗倫理と融和的、相互補完的なものであると捉えられた。

 もちろん、どのような世界宗教であっても布教の過程においては多かれ少なかれそのような道を辿るものとは思われるが、われわれが、仏教を はじめとする日本の宗教を理解する際に、この融和的側面ばかり強調することは、バランスを欠いているし、宗教の意義を正しく理解したことにはならないよう に思われる。死や争い、人生の矛盾や運命といったいわゆる限界状況において、宗教がその力を発揮するというのは、まさにこの現世超越性故にであると思われ るし、その反面、カルトや宗教テロなどが起こるその一因もまさにこの点にあろう。(社会的、政治的、経済的要因が大きく関わっているということはもちろん であるが)宗教が危険なものだという印象をいたずらに増幅させることはもちろん避けなければならないが(確かにどのような宗教であれ、それが宗教である限 り現世を超越する一面をもっており、多かれ少なかれその意味で現世の秩序を超える危険性がある――もちろん、社会に根付いたウェーバーのいわゆるチャーチ としての宗教においてはその可能性がほとんどゼロに近くなっているだろうが、それにしても世俗世界を相対化する機能は有していよう――と私には思われるの であるが)、単に宗教について、世俗世界の秩序を維持し再生産する、すなわち世俗世界がその同一性を保とうとする営為を補強するもの、現世利益を与え、倫 理的向上を促進するものとしてのみ扱うこともまた一面的であろう。

 世界宗教であろうと、民族宗教であろうと、善行や慈愛、感謝等を説いており、それらについて理解することによって、単に宗教に関する知識 が増大するだけではなく、児童生徒の倫理性の向上が促進されるのは望ましいことではあろう。しかし、宗教というものはそれに留まらないものである。ある場 合には、道元の言葉にもあるように、老いた母親を飢え死にさせ、恩のある師匠を見殺しにしても、修行を貫き、悟りを開くことが、究極的な衆生済度となるこ とが、宗教的な世界においては成り立つこともあるのだ。このような宗教の側面について無視したままで、宗教を単に世俗を補強するものとしてのみ扱うこと は、適切とはいえないだろう。宗教の意義もまた危険性も同じ源泉から発するものといえるのである。