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文明の構造をシステム・パワーで把える試みについて

文明の構造をシステム・パワーで把える試みについて
平澤和夫

1.大型文明の構成要素について

現代の各国の風土、宗教、思想、そして住む人々の思考・行動パターン等にはそれぞれ一定の特質が見られますが、この特質を過去の歴史における文明の生成・発展過程に沿って分析しますと、一般に文明というものは次のような二つのタイプに分類できると思われます。(注1)

(1)異質集合型文明

異なる文化を持つ人々が混在して同居する広範囲な国際文明。
歴史的にも地理的にも大きな広がりを持ち、域内の異種の集団を纏める宗教・思想・倫理などの精神上の共通軸が伝統として確立される。または、結束強化のために敢えて共通軸を作る場合もある。
各種の異質な文明を集める大型で中心的な文明。

(2) 同質凝集型文明

同質一元的な文化を持つ人々で形成される地域文明。
外に向けた知的好奇心が旺盛で異文化を吸収しては自国流に組み直し、独自の価値を高めては常に周辺を刺激し、その強烈な発信力により近隣に新たな文明発生の動機を産み出す文明。
このような観点から、現代のグローバルな世界を鳥瞰しますと、まず、「欧米社会」と「中東社会」といった異なる大型の文明が代表的な二大ブロックとして浮き上がります。
「欧米キリスト文明」、「中東イスラム文明」双方とも、それぞれが多地域・多民族を含む大型・国際文明ですので、上述の分類で言えば(1)の「異質集合型文明」に属することになります。
ところで、異質集合型文明の構成要素として次の四つを挙げてみたいと思います。
① 結束力がある。
表面上の生活基盤(言語、服装、習慣等)に地域性からの違いはあるものの、宗教や思想あるいは芸術など共通の何かの具体的な中心軸がそこには存在し、域内の人々の生き方に同じ一定の方向性がある。
このため異質集合的ながらまとまった方向で結束しやすい。
② 拡大主義である。
周辺地域への浸水力が強く外向きの膨張力がある。地理的テリトリーの拡大を求め、時に異文明・異文化も広く抱えた国際的な文明である。
③ 人材が集合する。
自国のみならず他国からも人が集まり、能力者は登用される。
外国人も昇進の機会に恵まれ一流の智恵を集め、時には多くの天才を輩出する。
④ 立国基盤が堅い。
国の立つ基盤が東(アジア地域)は商業的・宗教的であり、西(欧米地域)は政治的・科学的である。これはそれぞれの地域が持つ起源文明の得意技を継承しているという背景があるからである。

2.構成要素間のパワー・バランスについて

「異質集合型文明」は本来的に拡大機能を持つ性格から、その四つの特質のうち「拡大主義」、「立国基盤」といった特質は外側に働き、「結束力」、「人材集合」といった特質は内側に働きます。
つまり、内側にある「結束力」や「人材集合」は外側に見える「拡大主義」や「立国基盤」を推進する原動力といってもよいでしょう。
ここでそれぞれの文明タイプにおいて外側に働く特質を“対外パワー”と名づけ、内側に働く特質を“対内パワー”と名づけてみたいと思います。
(a)“対外パワー”・・・「強い拡大主義」、「固い立国基盤」
(b)“対内パワー”・・・「まとまった結束力」、「広い人材集合」
 一国の文明は、外殻を覆う“対外パワー”と内核を固める“対内パワー”の二つの構造からなり、いわば次の同心円のような二重構造を持つことになります。(注2)

大型文明のパワーバランス・システム
表

大型文明のパワーバランス・システム

このように文明というものの構造が、①複数の構成要素、②構成要素間の力関係から成り立っているとすれば、それぞれの文明はまさに一つの動的なシステムを形成しているわけです。
したがって、このシステムの安定稼動のためには、同心円の二重構造にパワー・バランスが必要になります。
例えば、“対外パワー”と“対内パワー”がともに大きいケースでは、その文明が拡大均衡の状況にあり、各タイプの特質と機能が調和を持って有効に機能していると言えましょうし、逆にともに小さいケースでは、その文明が縮小均衡の状況にあると言えましょう。
また、“対外パワー”と“対内パワー”がアンバランスの状況では域内に何らかの不調和・不安定状況が生まれているはずです。
表

このように、文明構造上の内的なパワー・バランスは、文明の特質構成要素を構造面から“対外パワー”、“対内パワー”に分けて考察できます。
これにより、その文明の本来の機能がバランスよく有効に機能しているかどうかを測定する尺度となります。(注3)

3.現代大型文明に見られるシステム・アンバランス

さて、以上のようなコンセプトを前提条件として、差し当たり現代の二大文明ブロックである「欧米文明」と「イスラム諸国文明」に当て嵌めてみますと、残念ながら、双方の文明ともに構造システム上のアンバランスが見られます。
(1)イスラム諸国文明の構造システム・アンバランスの特質  現代のイスラム諸国文明は国際金融・経済的分野において欧米文明に相当な遅れをとっています。
私はかつて金融機関の海外支店に勤めていた時代があり、ニューヨークの国際金融マーケットで金利先物や為替スワップなどの先端取引に従事していた時代がありました。
その際に不思議に思ったことは国際金融取引がロンドン・ニューヨークに集中しイスラム諸国の参画は非常に少なかったことです。
そもそも古い時代に遡りますと、貨幣・金融経済は古代バビロニア時代から始まり、紀元前17世紀のハンムラピ法典では既に利息の上限が   ・銀の貸付・・・20%
  ・大麦の貸付・・33%
といった具合に決められていました。
まさに、貨幣・金融経済の先進的な発祥地こそ現在の中東地域であると言えるのです。ところが、現在のイスラム諸国は近代の国際金融・経済取引分野において後進性を招いてしまっています。
事の良し悪しは別としまして、金融経済理論と市場取引の中核概念は利子率ですので、この概念が確保されなければ現代の経済理論そのものが成り立たないことになります。同時にそれを土台とする産業化・工業化もまた遅延することになります。
今でこそ、イスラム法に適合する「イスラム金融」の形態をスタートさせ、イスラム債券が発行されて余剰産油国マネーが取引の形で市場に取り込まれる方向になりましたが、イスラム法と金融取引の双方の知識を持つ法学者は僅少で専門家の育成が急務といわれています。
これは、文明の内核にある精神的な“対内パワー”が強固に固まりすぎて、 外殻にある国際金融・経済力といえる“対外パワー”が外側に向けて拡大・伸張していない状況とも言えましょう。

現代イスラム文明のパワーバランスを示す天秤
表

更にもっと付け加えれば、文字や数字、宗教や交易といった人類の文化源泉は、すべてもともと中東アジア周辺界隈から発祥し拡大してきたという歴史があります。現代はこのような歴史を持つ発展のエネルギーが一時停止しているかのような感を受けます。
明らかに「文明の構造システム」がアンバランスの状況にあり、この事態が今後も続けば、その歴史的プライドと実態との乖離並びにその自己矛盾から、イスラ ム諸国の内部には欲求不満が蓄積することになり、それがグローバル社会に政治・経済的に大きな波紋を投じないとも限りません。
(2)欧米諸国文明の構造システム・アンバランスの特質 次に欧米諸国文明の構造システムもやはりアンバランスとなりました。 この傾向は特に現在のアメリカに顕著に見られます。 要する先の例で言えば、逆に外殻の“対外パワー”である拡大主義が歯止めのないままに、国際政治・国際経済で突出してきました。
アメリカも、やはり神を信ずるキリスト教徒が建国した国ですが、建国以来の神聖なフロンティア精神が何時の間にか世界を指導してゆくという使命感に変貌 し、例え武器を使用してでも、その自由主義、平等主義、個人主義、民主主義などのイデオロギーを普及・定着させてゆくことがアメリカの善意であり義務であ るとの過度の拡大主義に陥っています。
S.ハンチントンによる「文明の衝突」はアメリカの「力」による拡大を理論的に援護し、アメリカのユニラテラリズム(単独行動主義)を助長したとも言えるのです。
 一方で国際経済面を見ますと、このところG8会合などで国際問題化した世界の金融・資本市場の混乱要因としての「ヘッジファンド」への警戒感がありま す。2007年3月の世界的連鎖株安を主導したのがこのヘッジファンドです。これに対し西欧各国自身からでさえ規制強化の動きがあるにもかかわらず、ヘッ ジファンドが既に一大産業化しているアメリカの動きには遅いものがあります。
こういった政治面における民主主義の強制、国際経済面におけるヘッジファンドの跋扈などの単独拡大主義は、文明の外殻にある政治・経済的な“対外パワー” が強大化すぎて、今は内核にあるエートスとしての“対内パワー”が外側に向けてうまく調整されない状況にあるとも言えましょう。

現代米国文明のパワーバランスを示す天秤
表

2005年10月に、ユネスコの「文化の多様性に関する国際条約」がアメリカとイスラエルの2カ国の反対 にも拘らず、参加国の圧倒的多数で採択されたような事を象徴として、このままではアメリカが次第に世界で孤立してゆくのではないかという見方もあります。 今でこそ、環境技術を持つ企業こそ将来の企業評価、つまり企業の株価を左右することになるとの趨勢にアメリカは初めて気付き、ビジネスの面から打って変 わって、環境問題に注力する方向に転換するような方向を打ち出していますが、環境問題と拡大主義はまた自己矛盾に陥ります。 これも明らかに「文明の構造」のシステムがアンバランスの状況であり、この事態が続けばアメリカ国内に不満が蓄積することになり、それが更にグローバル社 会に政治・経済的に大きな波紋を投じないとも限らないのです。

4.文明間のアンバランスを調整する方向

このように分析しますと、現代の地球文明の不安定さを招いているのは代表的な文明ブロックのいずれにもシステム・アンバランスが生じ結果的に平和な周辺各国やグローバル世界を震撼させることになります。
 一つの文明は多様な外部表面と重層複雑な内部構造を持つ生きた多面体として存在しています。しかしこの生きた多面体は、その身から出る“対外”あるいは “対内”のパワーをアンバランスにしたままの状態で周囲を巻き込み、グローバルな世界を不安定に揺り動かしています。現代はまさにそのようなグローバルな 「システム・アンバランス」の状況下にあると判断されます。
歴史的な各地域文明の流れの中で、その立国基盤を大胆に分類しますと、前述のようにアジア地域は「宗教」と「商業」を基礎としている史実に対して、西側の経済的バックグラウンドは「政治」と「科学」を文明の基礎としているということがあります。
つまりアジアは本来的に「宗教・商業」が得意技であり、ヨーロッパは「政治・科学」が得意技であるということであります。これはそれぞれの文明の原初的な 姿としてアジアはメソポタミアの商業やインドの宗教を引っ張っており、ヨーロッパはミケーネの自由市民やエジプトの幾何学を土台にしているという形態上の 背景が基本にあります。このためこの「国際的分業」がグローバルに機能し、これまで人類の文明は比較的バランスが取れてきたとも言えましょう。
ところが歴史の神のなせる悪戯はこのように商業に自信を持つ西アジアやアラビア、中東の地域の地下に、科学文明の資源となる石油が大量に埋蔵されていると いう現実であり、これが正に歴史的アイアニーとして、双方の文明の関係をますますややこしい複雑な関係にしてしまったのです。
有限な化石資源のみに注目するあまり、太陽光や風力、あるいはエタノールやバイオマス等の無限の代替エネルギーへのシフトという人類の知恵の発揮が遅延してしまいました。
このようなグローバルな危機意識は、政治や経済だけの視点では本質的には解決されないと思います。個々に奪い合い競い合うだけの文明間競争では人類はやがて終末を迎えるでしょう。
現代をリードする文明の“対外パワー”と“対内パワー”のアンバランスは個々の文明ブロックの一方的調整だけでは困難な状況です。
調整はグローバルな方向で行われなければなりません。
このような「文明構造システム」のパワー・アンバランスを国際社会で、はっきり認識し、地球システムを安定稼動の方向に適正に導くことこそ、まさにグローバルな「統合」と「調和」の実現努力であり、国際的分業の回復に繋がるものと思います。 新しいグローバルな文明的理解が真に求められる時代が来ていると確信します。 以上

(注1) 二つのタイプの文明の特質については、拙著「新時代への文明的理解」(北樹出版、2005年)の第2章「ブリッジ文明とダム文明の検証」にて考察してあります。
(注2)
文明を構造の形で示すという概念は、伊東俊太郎東京大学名誉教授(国際比較文明学会名誉会長)が述べられているように「文明は外殻を形成するシステム、物 質的なもの。文化は核となるエートス、精神的なもの。文明と文化の統合と調和こそ必要であり、文明の中に文化を活かすことが肝要」(学会でのコメント要 約)とのコンセプトがあります。
(注3)
二つのタイプの文明のパワー分類は、拙著「国際経済に見る比較文化」(北樹出版、2007年)の第1章「文明のタイプとパワーの測定について」にて考察してあります。