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戦争ができなくなるシステムをつくろう

戦争ができなくなるシステムをつくろう
伊東俊太郎

要旨

20世紀において戦争が大規模化し、これにより戦闘員のみならず一般市民の死者も異状な増大をとげている。20世紀は第一次および第二次世界大戦を 含め、まさに「戦争の世紀」、「殺人の世紀」といってよい。21世紀にはどうしてもこのようなことがあってはならない。21世紀には、こうした事態が起り えないシステム・制度というものを国際的につくり出してゆかねばならない。つまり、たとえ戦争がしたくても、できないような「システムの構築」を実現しな くてはならない。これまで人類はこのことを真剣に考えてこなかったが、21世紀の地球社会の存立には、この課題の実現は必須であると筆者は考える。そこで 地球システム倫理学会第1回研究会において上記のような題目のもとに、3~4の提案を行ったが、ここにその要旨をしるしておこう。

1、モデルとしてのEU

まず「戦争ができないシステム」のモデルとしてEU(ヨーロッパ連合)の形成という事実がある。それ以前まではヨーロッパ諸国、とくにフランスとド イツは、ことあるごとに戦争をくり返してきた。しかしEU形成後は、両国はもはや制度的にどうしても戦争ができなくなっている。またする理由もなくなって いる。
このEUの理念のもとをさぐってゆけば、第1次大戦後のクーデンホフ・カレルギーによる「汎ヨーロッパ主義」の運動にまで遡る。そして第2次世界大戦後の 1950年5月9日にはロベール・シューマンにより佛独の和解をうったえる「ヨーロッパ宣言」が発せられ、もう両国が戦争をしない、することのできない方 法をつくり出そうとする。それに応ずるかのごとく、1951年4月には仏独伊にベネルクス三国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)が加わり、この6ヶ 国でECSC(ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体)がつくられ、ジャン・モネが委員長となる。これはアルザス・ロレーヌ地方を中心とする石炭鉄鋼の生産管理・運営 を共同で行うための機構で、そもそも佛独間の戦争の多くはこの地方の資源の奪い合いということを根にもっていたのであるから、この共同管理ということによ り、もはや戦争はあり得ぬこととなった。1957年にはローマ条約によって上記6ヶ国が中心となって、加盟国の経済関係を円滑にするための機構 EEC(ヨーロッパ経済共同体)が結成され、原子力も共同で開発するユーラトム(ヨーロッパ原子力共同体)もつくられた。1967年には上述の共同三機構 が統合され、EC(ヨーロッパ共同体)となり、1973年にはイギリス、デンマーク、アイルランドも参加した。1986年にはギリシア、スペイン、ポルト ガルが加わり、12ヶ国の共同体となった。さらに1991年には通貨統合をもりこんだマーストリヒト条約により、ECはEU(ヨーロッパ連合)となり、 1999年は共同通貨ユーロが導入された。2002年には東欧のポーランド、チェコ、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアまで参加して、現在では27ヶ国 で構成されるにいたっている。これらの国のあいだでは、今や経済、法律、政治、軍事、そしてある部分では通貨まで一体化して緊密に結ばれ、戦争はもはや制 度的に不可能になっている。なんという大きな変り方であろう。

2、「東アジア共同体」の形成へ

このEUをモデルとして、東アジアにおいてもEAC(東アジア共同体)の形成がおしすすめられるべきであろう。これにはまず既存のASEAN(東南 アジア諸国連合)10ヶ国とこれに中日韓の三国が加わり、相互のFTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)がつみ重ねられていって、まず EAEC(東アジア経済共同体)がつくられ、さらに単に経済的のみならず、他の文化的・政治的協定がこれに加わって、EACが形成されてゆくというのが、 もっとも現実的であろう。そして近い将来、北朝鮮もこれに加わることが望まれる。このようにして「東アジア共同体」がつくられるならば、かつてのような不 幸な戦争は、これらの国の間で起ることは、決してないであろう。
しかしこのEACはそれだけで分離することなく、他方においてAPEC(アジア太平洋経済協力会議)とつねに連携し、米国、カナダ、メキシコ、チリ、ペ ルー、オーストラリア、ニュージーランド、ロシアなどの環太平洋諸国とのつながりを考えてゆかねばならない。その意味ではEACはAPECのなかで、 NAFTA(北米自由貿易協定、アメリカ、カナダ、メキシコ)や早晩できると思われる「ラテン・アメリカ共同体」と同位のものと考えられるべきで、かつて の「共栄圏」とはまったく異質のものである。

3、ICC(国際刑事裁判所)の強化

International Criminal Courtというものがハーグに設立されたが、これは虐殺など戦争で無辜の民が被害をうけた場合、その被害を与えた責任者を訴えることができる組織であ る。日本はこの秋に加盟することになっているが、アメリカはいまだに加盟の意志を表明していない。その理由は明白であろう。各国のNPO、NGOの活動が この組織の機能を強めてゆくことが必要であると思われる。そうすれば為政者は安易に戦争を起すことができなくなるだろう。

4、「共同統治」の可能性

昔から小さな土地の帰属をめぐって互にあらそい、それが戦争の発端となることが多かった。この紛争地の発生にはいろいろな原因があるが、交渉の結 果、どうしても結着のつかない場合には、「共同統治」という法的可能性を追究してみることはできないだろうか。実際13世紀の十字軍運動のとき、当時の神 聖ローマ皇帝であったフリードリヒ2世は、イエルサレムの支配について度重なる争奪戦に嫌気がさして、この地域のキリスト教徒とイスラム教徒による「共同 統治」(condominium)ということを考えた。この地はキリスト教徒にとっても、イスラム教徒にとっても(またユダヤ教徒にとっても)ひとしく聖 地であって、そのいずれかひとつの宗教だけで支配するというのは妥当ではない、という趣意からであったであろう。この考えは、現在の中東問題のある局面の 解決に生かされてしかるべきであろう。またパキスタンとインドの間にはカシミール問題があり、日本とその周辺諸国との間には、尖閣諸島、竹島(独島)、北 方四島などの問題がある。これらの問題について互いに自らの専有を言い合うだけでいつまでも対立を続けることは、国家間の友好的共存にとってまことに能の ない話である。「排他的経済海域」などの問題もあるが、何か領土的専有を超えた法的措置が考え出されて然るべきだろう。
以上述べてきたことは、一見現実離れの理想論のように思われるかも知れない。しかし80年前にクーデンホフ・カレルギーが「汎ヨーロッパ」の概念を提出し たとき、空論として一笑に付された。しかし今やそれが現実のものとなっているのである。従って筆者がここに述べた提案は、将来地球社会の共存のためのアイ デアとして生かされることもあるかも知れない。平和を確保すること、この地球から戦争を廃絶させるためには、何よりも自己と同時に他者の立場を理解し尊重 する協和の精神のあることが基本である。しかし精神だけでは平和は担保されない。平和を可能にする、否必然たらしめる地球的なシステム・制度の確立がなけ ればならないと筆者は考えている。