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地球温暖化が問う地球環境と人類の危機

地球温暖化が問う地球環境と人類の危機
―IPCC(気候変動に関する政府間パネル)
と日本の第一線科学者による最新の研究成果―
相良邦夫

はじめに

* 地球温暖化問題は2007年、世界の主要8か国首脳が、今世紀半ばまでに世界の温室効果ガス排出量の半減を提唱し、ノーベル平和賞の受賞対象と なるなど、ようやく人類全体の危機意識が芽生え始めた。世界の第一線の科学者たちが参加する、国連の「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」は同 年、第4次評価報告書を発表し、温暖化とそれに伴う気候変動が、人類の生存さえ脅かしかねない科学的根拠と対策を示して、温暖化を緩和するための対策を早 期に講じるよう各国へ呼び掛けた。

* 日本の科学者は、文部科学省の5か年計画「人・自然・地球共生プロジェクト」で、スーパーコンピュータ「地球シミュレーター」を駆使す るなど、IPCCの第4次評価報告書の作成に貢献した。筆者も同プロジェクトの気候モデル開発の外部研究運営委員を務め、温暖化と気候変動が、今のままだ と人類と地球環境の命運を左右することは間違いないと確信した。

* IPCCの3つの作業部会が提示した、温暖化の科学的な根拠・影響・対策と日本の科学者の研究をベースに、表題について論じたい。

1、客観的な科学的根拠で固めた温暖化の評価報告書

IPCCの第4次評価報告書の作成には、3750人を超す世界の第一線の科学者が携わった。温暖化の予測には、世界の主要研究機関のスーパーコン ピュータも動員され、とくに20世紀の温暖化の原因は自然現象ではなく、人間活動によるものだと特定された。さらに世界各地の温暖化の影響評価には、生物 環境で実施された2万8000件の観測のうち90%で、また物理環境で行われた800件の観測のうち94%で、それぞれ温暖化の有意な影響が確認された。  こうした研究・調査の結果、次のような事実が明らかになったのである。

IPCCの第4次評価報告書が示した温暖化の証拠のポイント

  • 20世紀半ば以降に起きた地球の平均気温上昇のほとんどは、人為的な温室効果ガスの増加が引き起こした可能性が非常に高い。人間の影響は、いまや大陸の平均気温、大気循環、極端な現象など、他のいくつかの気候局面に拡大した。
  • 温暖化を引き起こす主要な温室効果ガスである、二酸化炭素の大気中の濃度(2005年)は、18世紀半ばの産業革命以前の濃度(約280ppm)より35%増え379ppmに達し、過去65万年間で最高を記録した。
  • 世界の平均気温は、過去12年間(1995~2006年)のうち11年間が、1850年の観測記録以来、最も気温の高い12年間にランクされる。
  • 20世紀後半(50年間)の北半球の気温は、過去500年間で最も高く、少なくとも過去1300年間でも最高の可能性があり、極地の温暖化は過去12万5000年間でも前例がない。
  • 過去100年間に、世界の平均気温は0.74℃、日本の平均気温は1.0℃上昇した。世界の海面は1961~2003年に7.7cm上昇した。
  • 南北両半球の山岳氷河や氷冠は、1961~2003年に平均して後退し、海面を2.2cm上昇させた。

  • 【注】 ppmは、容積比率で100万分の1。

2、今世紀末までに、地球の平均気温は最大6.4℃、海面は59cm上昇する

温室効果ガスの6排出量シナリオに基づき、IPPCは今世紀末までに、気温と海面が以下のように上昇すると予測した。(日本の科学者は気温のみ)
今世紀末までの地球の平均気温と海面上昇の予測値


気 温 海 面
IPCCの予測 1.1℃~6.4℃上昇 18cm~59cm上昇
日本の予測 2.4℃~4.2℃上昇

【注】日本の予測は、気象庁・気象研究所と東大気候システム研究センターの予測値による。

3、地球の気温が7℃高くなると、札幌が東京に、東京が沖縄の気候になる


4℃上昇 ⇒⇒
7℃上昇
札 幌 ⇒⇒ 仙  台 ⇒⇒ 東 京
東 京 ⇒⇒ 種子島 ⇒⇒ 那 覇
那 覇 ⇒⇒ シンガポール ⇒⇒ ハルツーム(アフリカ)

【出典】 気象庁の八木勝昌氏作成。

4、今世紀末までに予測される主な気候変動の特徴――台風強大化と異常気象

  • 熱帯低気圧(台風、ハリケーン、サイクロンなど)の勢力が増大する。年間の発生数は、地球全体で、現在の気候実験の78.3個から54.8個へと、約30%減少する。しかし、強度(最大風速)が強まり、風速45mを超す、非常に強い熱帯低気圧が増加する。
  • 熱帯や北半球の高緯度地方では降雨量が増え、亜熱帯地域では無降水日が増加し、干ばつの可能性が高まる。  【出典】気象庁・気象研究所の研究成果。

5、世界への主な影響――生物の絶滅・食糧・水不足、干ばつ・洪水、疫病、など

【生態系】 *世界の平均気温の上昇が1.5~2.5℃を上回ると、今までに評価対象となった動植物の20~30%が絶滅する危険性が高まる。
*陸地の生態系の炭素吸収は、今世紀半ばにピークに達し、その後、炭素の排出に逆転し、気候変動をさらに増幅させる可能性が高い。
*大気中の二酸化炭素の増加により、海洋の酸性化が進み、炭素を固定するサンゴをはじめ、海洋生物の生存が危うくなる。
*多くの生態系は、今世紀中にその復元力が追いつかない可能性がある。
【食 糧】  *低緯度地域、とくに乾期のある熱帯地域では1~2℃の上昇で農作物の生産が低下し、飢餓の危険性が高まる。中緯度から高緯度地域では、1~3℃の上昇で作物により生産性が若干増えるが、それ以上の上昇では減少する。
【水資源】 *中緯度の乾燥地域と熱帯乾燥地域は、2050年までに河川の流量
が10~30%減少し、利用できる水が足りなくなる。また氷河や積雪の縮小などにより、世界人口の6分の1が水不足に陥る。
*アジアでは2050年までに10億人以上が水不足に見舞われる。ヨーロッパでは、100年に1度起きる干ばつが頻発化し、洪水も多発する。高緯度地域と湿潤な一部熱帯地域では、逆に河川流量が10~40%増える。
【沿岸・低地域】 *海面の上昇により、2080年までにアジアなど世界全体で毎年、数百万人が洪水に襲われ、小島しょ国では飲料水の確保など重要なインフラが脅かされる。1~3℃の上昇により、広範な地域でサンゴ礁が死滅する。
【健 康】 *気温上昇が2℃を上回ると、感染症を媒介する生物(蚊など)の分布域が変わり、マラリア、デング熱など の感染症が増える。3℃近く高くなると、熱波、洪水、干ばつによる罹患率と死亡率が増加、3.5℃以上になると、栄養失調、下痢、呼吸器疾患、感染症によ る社会的な負荷が増大する。 *とくに所得の低い発展途上国では、水が原因による下痢やコレラなどの感染症が増え、大気中の光化学オキシデント濃度増加による悪影響も懸念される。

【出典】IPCC第2作業部会報告書および環境省のIPCC第2作業部会報告書。

6、日本への主な新影響

  • 日本の平均気温は、2081~2100年に少なくとも2~3℃上昇、降水量が増える。
  • 真夏日(一日の最高気温30℃以上)は、2030年に約90日前後に増え、一年の約4分の1が真夏日となる。
  • コメの収量は、都道府県により、27.5~63%の減収になる。
  • ブナ林の分布適地は、気温が3.6℃高くなると、約90%減少する。
  • ウンシュウミカンは、2060年以降、現在の栽培地で栽培が不可能になる。

【出典】環境省のIPCC第2作業部会報告書。

7、地球温暖化の緩和対策と、多難な目標達成

*IPCCと日本の科学者たちが世界へ発した、以上のような人類の危機に対する警告の内容を概観すると、世界が地球温暖化問題に対し、環境問題の対 処に欠かせない「予防的措置」の原則を適用して、温暖化を緩和する対策を早急に講じる必要に迫られていることが理解できると思う。

*IPCCは、温暖化の緩和対策として(1)2030年までの短中期的な緩和策と、(2)2031年以降の長期的な緩和策を打ち出している。

*とくに短中期的な緩和策は、2030年までの気温上昇を2.0~3.2℃に抑えるため、国内規制や排出権取引、技術開発など諸政策を通じ て、温室効果ガスの排出量を削減し、同ガスの濃度を445~590ppmに安定化させようという内容だ。この緩和策が功を奏すると、2050年に二酸化炭 素の排出量を、最大85%減から最小5%増の範囲にとどめることが可能とされている。2007年の主要8か国首脳会議(ハイリゲンダム・サミット)による 温室効果ガス半減声明の根拠はここにある。先進国の温室効果ガス削減を定めた京都議定書が、(もはや不可能なことだが)2008年から完全実施されても、 今世紀末までに気温は0.15℃未満しか下がらない。2008年7月に予定の北海道洞爺湖サミットでの主要国のリーダーシップが欠かせない。

8、気温上昇が2~3℃を超えれば、全世界に損害――問われる物欲の抑制

IPCCは、第4次評価報告書で、世界の平均気温の上昇が2~3℃を上回る場合、世界のすべての地域において、(自然の)恩恵が減るか、損失が増え る可能性が非常に高いと警告している。人類の危機に取り組む対策は、科学技術の発達と市場経済活動に依存し過ぎている。一般に動物は、食欲と生殖欲という 二つの本能に支配されている。しかし、私たち人間は第三の欲望、物欲にも衝き動かされている。この物欲をつき詰めたのが、経済活動にほかならない。地球温 暖化は、私たち人間が物欲と経済活動を抑制し、環境との調和をはかる普遍原則「持続可能な開発(発展)」を空念仏に終わらせかどうかを問うているのであ る。