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文明の環境史観

安田喜憲著
『文明の環境史観』
(中央公論社、2004年、347頁、2000円)
平田俊博

年縞の文明史的意義を実証した点で、安田喜憲の功績はそれこそ、画期的、と言ってよい。人類史上まれに見る出来事が、年縞の文明史的発見なのである。これによって人類は、人類の来し方、行く末を、冷徹に主観的憶測を交えずに展望することが可能となった。
 その意味で、安田の功績はノーベル賞にも値しうる。それどころか、人類の未来に対する貢献という面を考慮するなら、超ノーベル賞級の功績と呼んでも過言ではあるまい。それほどに優れた安田の研究ではある。
従来それなりの評価を得てきたとはいえ、その真価に関してはまだまだ認識不足だったことを痛感させてくれるのが、本書『文明の環境史観』である。文明史に 関心を寄せる者にとってだけでなく、近未来に環境動乱が確実視される21世紀を各自が無事に生き抜くためにも、本書は必読の書となろう。どれほど高く評価 しても評価しきれないのが、本書である。
かつて20世紀の哲学者ヤスパースが、紀元前5世紀前後を人類の文明的起源と見なして、「枢軸時代」と名づけた。孔子や老子、釈迦、ソクラテス、第二イザ ヤが活躍したその時代に、人類は他の生物との比較を絶した独自の道を確立したのであり、その後の人類史は枢軸時代を価値の原点として評価されなければなら ない、とヤスパースは提案したのである。
ところが、年縞分析に立脚する安田の文明の環境史観は、ヤスパースの哲学的洞察をも相対化させかねない不思議な起爆力を潜めている。この点を、次に掲げる本書の目次から確認しておこう。

(目次)
まえがき 
第一章 文明の環境史観
  一 モンスーンアジアの自然観と歴史認識
  二 階級支配の自然観と歴史認識
  三 生態史観から環境史観へ
   四 年縞の分析による高精度の環境史の復元
第二章 地球文明の画期と民族移動
   一 地球のリズムと文明の周期性
   二 気候変動と民族移動
第三章 西洋に先行した東洋の環境変動と文明の胎動
   一 世界最古の土器はなぜ東洋で誕生したのか
   二 稲作の起源と一万五〇〇〇年前の地球大変動
   三 麦作農耕の起源とヤンガー・ドリアスの寒冷期
   四 なぜ縄文人は農耕をはじめなかったのか
第四章 長江文明の興亡と気候変動
  一 モンスーン大変動と長江文明の誕生
  二 長江文明の衰亡
  三 三内丸山遺跡の興亡と気候変動
第五章 宗教・疫病の環境史
   一 三〇〇〇年前頃の気候変動と宗教革命
   二 ペスト大流行と環境変動
   三 森の相違がもたらした小氷期のイギリスと日本
第六章 日本文明史の新たな構造
   一 足るを知る「美と慈悲の文明」
   ニ 文明の大地化が人類を救う
あとがき
初出一覧

本書の目次から瞥見できるように、安田が提唱する文明の環境史観は、人類史を文字通り鷲づかみに俯瞰する。なぜ枢軸時代が誕生したのか、枢軸時代がなぜ枢軸時代たりうるのか、ということまで文明の環境史観は説明できる。
全六章から成る本書の構成は、第一章と第二章が総論に相当し、第二章から第五章までが各論となり、結論の第六章で締めくくられる。自然科学者として傑出し た業績を挙げつつある安田が、論理構成で緻密なのは当然であろうが、それにしても心憎いまでに見事な本書の構成である。地中深く打ち込まれつつあるドリル が地下の年縞堆積物を螺旋状に巻き上げるのにも似て、安田の論理は螺旋的に回転して、読者の脳髄にすんなりと、それでいて深くしっかり迫ってくる。優れた 頭脳とは如何なるものなのか、を読者は実感できよう。それにしても、安田は文章がうまい。舌を巻くほど、うまい。
「第一章 文明の環境史観」は、書物自体の表題と同じである。要するに、第一章を読めば本書が分かる。科学者にして文明論者でもある安田喜憲は、言葉の真の意味で哲学者と言えるが、安田哲学の根本メッセージが第一章で提示される。すなわち、
「私自身は、地球環境の危機が叫ばれ、民族紛争や宗教戦争の危機が予告されるなかで、人口が八十億に達しようとする二十一世紀を、日本人が国際社会の一員 として生き抜き、地球環境の保全と人類の幸福と繁栄に貢献できるような文明論を展開するために、ここに『文明の環境史観』を提示する。それは天地の声を聞 き、天地の経文のなかで人類文明のエートスを読み解く文明論である。」(73頁)
さて、それで、文明の環境史観を展開するに当たって安田が依拠する方法が、年縞分析である。年縞とは、「湖底に毎年毎年静かに形成された年輪と同じもの」 (79頁)である。年縞のなかには花粉、珪藻、プランクトン、ダスト、大型動植物遺体、粘土鉱物など環境史を多角的に復元できるターゲットが幾つも含まれ ている。グリーンランドの氷床では水しか分析できないのに対して、年縞には環境変動のみでなく人間の活動を物語る炭片や汚染物質にいたるまで、人間が自然 をどのように改変汚染してきたかを、「数年単位で詳細に復元」(同)できるターゲットが含まれている。
安田によれば、年縞を発見したのはドイツの地球学研究所のJ・ネーゲンダンク博士を中心とするヨーロッパ湖沼掘削計画グループである。年縞の分析によって高精度の環境史が復元できることを、博士らは実証し、一九九八年以降から発表してきた。
日本で最初の、しかも殆ど唯一の環境考古学者として孤軍奮闘しながら、着実に実績を積んできた安田も、ほぼ同時期に湖底の堆積物に注目し、一九九一年~九 三年度文部科学省重点領域研究「文明と環境」の研究課題とした。その成果は一九九五年から九六年にかけて、『講座 文明と環境』(梅原猛・伊東俊太郎・安 田喜憲編、全十五巻、朝倉書店)において公表されたが、残念ながら日本語であり専門学術誌でもなかった。
国際的かつ学術的な認知では些か遅れを取ってしまった安田ではあるが、年縞を「アジアでははじめて発見し、命名した」(79頁)名誉は称えられてよい。し かも安田は、純粋に自然科学的分析に終始していたヨーロッパ湖沼掘削計画グループに対抗して、二〇〇〇年にアジア湖沼掘削計画グループを組織して、モン スーン‐アジアの年縞の研究を開始した。アジアの年縞の解析により、高精度の環境史を復元するだけでなく、ユーラシア大陸東西における環境史の比較研究 と、高精度の環境史と文明史との対応関係を重視するのが、安田グループの活動の特色であり、その面では反って、ネーゲンダンク‐グループに先行し影響を与 えている。卓越した安田の研究成果は、今や世界中で広く認められ、二〇〇一年にアジア人として初めてクロフォード賞の候補に選ばれて、スウェーデン王立ア カデミーで講演した。
そもそも本書が提示する安田の文明の環境史観は、梅棹忠夫の文明の生態史観(一九五七年)を批判的に発展させたものである。先行史観として安田はさらに、 カール・マルクスの唯物史観(一八五九年)、和辻哲郎の風土史観(一九三五年)、川勝平太の文明の海洋史観(一九九七年)を挙げるが、これらはいずれも静 態的環境論に立脚している点で問題を残す。つまり、動いているのは人間だけで、自然環境は基本的に永遠不変のものと見なされている。その意味で、どれもが 人間中心主義に立脚した直線的発展史観の系譜に、言い換えれば「強者の文明論」(51頁)に属する。
 ところが、安田の「動態的環境論」(一九八〇年)からすれば、人間の歴史だけでなく、自然環境もまた「ダイナミックに変貌する」(63頁)。ダイナミッ クに変貌する自然環境の下では、所詮、人間はみな弱者にすぎない。そこで、弱者の文明論として、東洋的な「円環的循環史観」や「平和共存史観」が「新たな 環境史観として見直される必要が出て」くる(66頁)。こうした課題に応えるものとして、二十一世紀という環境動乱の時代が、安田が提唱する「文明の環境 史観」を呼び求めているのではある。
 文明の環境史観の「最終目標」は、「世界の古代文明を、高精度の環境史復元を軸として比較環境史的に調査研究し、日本文明の人類文明史における位置と特殊性を解明し、日本人が誇りをもって生きることができるように日本文明史像を再建する」(95頁)ことにある。
近代ヨーロッパ人の目ではなく、日本人の目で人類文明史と日本文明史を再建しようとして、本書の第二章以下が展開する。
第二章は、後続する四章の序論に相当し、人類文明史の総論ともなっている。地球リズムに連動する人類文明の周期性が、気候変動と民族移動を具体例として解明される。
第三章では、土器や稲作を具体例として、環境変動と文明の胎動は東洋が西洋に先行していたことが明らかにされる。
第四章では、モンスーン気候の大変動が、中国南部の長江文明や日本の青森の三内丸山遺跡の興亡の原因となっていたことが解明される。
第五章では、宗教革命や疫病の大流行の発生が、気候変動や環境変動に連動していたことが環境史的に解明される。また、森の役割についても解説される。
第六章では、日本文明史の新たな構造についてスケッチされる。

安田が描く文明の環境史観は雄渾ではあるが、まだまだ荒削りの面も多い。だが、むしろそれだけに、読者も積極的に参加して安田と並んで共同作業でき る余地が大きい。所詮は弱者にすぎない著者と読者が、互いに労わりあい慈悲の心を育みながら、文明の環境史観を不朽の世界遺産として後代の人類に残してい こうではないか。