刊行物‎ > ‎『会報』‎ > ‎『会報』第1号‎ > ‎

文明の交流史観―日本文明のなかの世界文明

小林道憲著『文明の交流史観―日本文明の中の世界文明』
(ミネルヴァ書房、2006年、342頁、3500円)
頼住光子
本書は、哲学者の立場から、文明論、宗教論、現代文化論等の論客として幅広く活躍する小林道憲氏による、文明の新たな捉え方の提言である。小林氏は、文明 をこれまでのように、いくつかの主要文明を中心として捉え、その影響関係を云々するのではなく、文明の総体を、相互作用から自己形成する複雑系と捉え、諸 文明間の交流に焦点をあてた、新たなネットワークの発展史としての、人類の文明史の構築をめざす。
 内容を紹介するにあたり、まず、目次を挙げておこう。
まえがき
Ⅰ 文明の生態史観批判
  1 文明の生態史観/2 西欧文明と日本文明
Ⅱ 草原の道文明交流圏
  1 騎馬遊牧民族の活躍/2 モンゴルと世界史/3 遊牧民のもたらしたもの/4 遊牧民と東西の文明
Ⅲ オアシス路文明交流圏
  1 オアシス路と東西文明/2 仏教の来た路/3 イスラム文明の役割/4 オアシス路と日本文明
Ⅳ 地中海文明交流圏
  1 古代地中海文明の興亡/2 中世地中海文明の盛衰/3 西欧文明の抬頭
Ⅴ インド洋文明交流圏
  1 古代インド洋交流圏/2 中世インド洋交流圏/3 近世インド洋交流圏
Ⅵ 東アジア海洋文明交流圏
  1 古代東アジア海域交流圏/2 中世東アジア海域交流圏/3 西欧文明の登場
Ⅶ 大西洋文明交流圏と太平洋文明交流圏
  1 航海と文明の伝播/2 新旧大陸の交流/3 太平洋交流圏と日本/4 西欧近世と日本近世
Ⅷ 複雑系としての文明
  1 文明と交流/2 文明のネットワーク/3 媒体文明論/4 複雑系としての文明
註/参考文献/図版出典一覧/あとがき
【文明間相互作用とグローバル・ネットワークの形成】
 以上のような目次からも分かるように、本書は、文明を捉える新たな方法論を打ち出し、それに基づいて、文明圏の交流を軸とした新たな世界史を叙述している。
 まず、方法論については、第Ⅰ章と第Ⅷ章で扱われる。第Ⅰ章では、梅棹忠夫氏の打ち出した「文明の生態史観」を批判するかたちで、方法論の問題が扱われ る。梅棹理論では、生態学の「遷移」(サクセッション)理論(主体と環境の相互作用の累積が臨界点を越えると、ある生活様式から次の生活様式に移るという 理論)が文明史にも応用され、歴史は、共同体の内部で自成的に展開すると説かれる。そして、梅棹氏は、ユーラシア大陸を東西の両端である第一地域(西洋と 日本)と、中央部の第二地域に分けた上で、第一地域、すなわち、西洋と日本は、自成的遷移(オートジェニック・サクセッション)が順序よく進行し、文明が 発達した地域であるのに対して、第二地域は、度重なる遊牧民の暴力的侵略によって文明の正常な自成的遷移が乱されたとする。
 筆者である小林氏は、このような梅棹理論に対して、文明を閉鎖的なものとして捉えている点に問題があると批判する。小林氏は、「西洋文明も日本文明も、 自成的ではなく、他成的であった。(中略)文明は交流によって発展していく。文明の生態史観は、文明の交流や伝播、つまり文明間相互作用を無視している点 が、何より批判されねばならない。」(4頁)とするのである。
そして、小林氏は、梅棹理論において、ユーラシア中央部における遊牧民の活動が暴力的破壊としてだけ捉えられている点も問題であると指摘する。小林氏によ れば、遊牧民は、ユーラシア大陸を横断する草原の道やオアシス路を往来して、活発な交易活動をし、ときには衝突、摩擦をも通じて、東と西の文明を結びつけ 交流させていた。モンゴル帝国にしても、イスラーム帝国にしても、グローバル・ネットワークを築きあげて、世界規模での文明の交流を促進したのである。
【複雑系、自己組織系としての文明】
 第Ⅰ章では、梅棹理論に対する反論というかたちで、文明を孤立的なものとして扱う方法が否定され、諸文明間の相互作用、すなわち、交流、伝播、移転、模 倣、衝突、拮抗、 交錯等から、それぞれの文明は自己を形成していくということが明らかにされたのであるが、第Ⅷ章では、さらにこの文明史の方法論の問題 が、より包括的に検討される。まず、小林氏は、交易民、旅行者、渡来人、遊牧民、海洋民などの移動民は、文明と文明とを結びつける媒介の役割を果たすと指 摘する。彼らの活動によって物や情報が交換され、文明が相互に影響を与えあって、新たな文明変動が引き起こされるのである。これらの移動民は、陸にも海に も積極的に交易路や航路を切り開き、諸文明間の大規模なネットワークの形成を促してきた。このネットワークについて、小林氏は、これまでの中心文明や周辺 文明という見方だけではなく、「媒介文明」の役割を考える必要があると主張する。「媒介文明」とは、たとえば、遊牧民や海洋民、交易民によって担われた文 明のように、文明と文明との間にあってそれを交流させる働きをもつもので、多くの文化を混在させつつ、みずからも新たな文化創造を行うものである。
 そして、小林氏は、このネットワークについて、次のように述べる。
「文明は、文明間に張り巡らされたネットワーク全体のなかで理解されねばならない。その意味では、文明は関係性においてあるものである。各文明が相互に取 り結ぶ一連の関係性のなかに、各文明の存在理由がある。文明を成り立たせているものは、個々の文明ではなく、文明間の関係なのである。関係はまた場を形成 するから、文明は場においてあり、場に支えられているとも言える。場において、文明間の相互作用も行なわれ、その相互作用によって、各文明は変動して行く のである。だから各文明は、むしろ、関係性や場を通して常にその様相を変える変数または関係項だとみるべきである。文明は、常に変動して行く過程である。 一つの文明は、それだけで実体として存在するのではなく、常に他の文明との関係によって変動するプロセスである。(中略)実体論から関係論へ視点を移し、 文明を関係性のなかで理解する必要がある。文明論を関係と場を中心に記述し、文明と文明の間を重視する<間の文明論>あるいは<相関文明論>を打ち立てね ばならない。」(267~8頁)
このような<間の文明論>では、文明は、非平衡的開放系としての自己組織系として捉えられる。物質やエネルギーを、まわりの環境と交換することで、内部に ゆらぎを生じさせ、それを通して新たな秩序を自らつくって行くのが、非平衡的開放系としての自己組織系であるが、文明もこれと同様に、他なるものと交流し ながら自ら変化し、自己を作り上げて行くのである。
 そして、このような自己組織系としての文明ネットワークは、複雑系でもある。複雑系とは、「無数の要素間の相互作用によって、新しい秩序を生み出す動的 な系」(315頁)であり、相互作用から新たな構造が生み出されてくること、すなわち、より複雑化することは「創発」(イマージェンス)と呼ばれる。文明 も、他の文明との相互作用から新たな形態や構造を「創発」させ、一つの構造の上により複雑な構造を積み重ね、さらに複雑な機能をもった文明へと展開してい くのである。
【さまざまな文明交流圏】
 以上のような方法論を踏まえて、第Ⅱ~第Ⅶ章においては、草原の道・オアシス路・インド洋・東アジア海域・大西洋・太平洋など、ほぼ世界全域をカバーす る文明交流圏のそれぞれについて、媒介文明と文明間相互作用に焦点をあてて、その歴史が記述される。特に、どの文明圏の記述においても、日本との交流が触 れられ、日本がいかに深く世界規模の文明交流ネットワークに組み込まれ、また、その中で日本文化がいかにして形成されたのかということが説明されている。
第Ⅱ~第Ⅶ章における叙述は、これまでに報告されている歴史的事実のうちから、小林氏が、文明の「創発」と文明交流圏のネットワーク形成にとって重要であ ると判断したものを抽出して、意味連関をさぐったものである。この部分には、歴史学やフィールド・ワークの成果を踏まえたさまざまな知識が満載されてい て、学ぶところがたいへんに多い。特に、遊牧民や海洋民、イスラーム教徒やモンゴルの活動の実態と、その文明ネットワーク形成の意義について、さまざまな 実証をもとに明確に打ち出されている点は有益である。
また、古墳時代の日本に草原の道(中央ユーラシアの乾燥地帯を通る交易路)の騎馬遊牧文化が大きな影響を与えており、前方後円墳の源流も匈奴やスキタイの 墳墓にあるということや、「鎖国は無かった」、つまり、鎖国とは幕府による出入国、海外貿易、情報の一括管理にすぎず、貿易額的にみれば、鎖国前より鎖国 以後の方が増えており、また、江戸時代を通じて西洋からの情報や文物が日本社会に大きな影響を与え続けたということは、興味深い指摘である。このような指 摘を通じて、日本文化が閉鎖的孤立的環境のなかで形成された独自ものなどではなく、他文明とのたえざる交流のうちで自らを変容し、また、他を変容させてい たことが明示されるのである。
以上、紹介したように、本書は、文明に対する画期的な見方をわれわれに示してくれる。文明を理解する新たな方法論として提案された、自己組織系、複雑系と いう考え方は、われわれが陥りがちな単純な要素還元主義的存在論、進歩主義的歴史観を見直し、人間と環境、文明と環境について考える際に多くの示唆を与え てくれるだろう。(ちなみに「あとがき」によれば、小林氏は残された課題として、文明間相互作用にとどまらず、「環境との相互作用を通して文明が生成する 現象についての考察」を行うことをあげておられる。)知的刺激と新たな文明理解の方法論を与えてくれる本書の一読をお勧めする。