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「対話」の文化―言語・宗教・文明

服部英二+鶴見和子著
『「対話」の文化―言語・宗教・文明』
(藤原書店、2006年、219頁、2400円)
立木教夫

 本書は、二人の碩学が、相互に触発されながら「文明間の対話」の可能性を論じた貴重な記録である。次々と繰り広げられる興味深い話題は、読者の関心を惹きつけるだけでなく、新鮮な解釈や知的冒険に満ち溢れている。

 本書の目次は、次のようである。

プロローグ
Ⅰ 「文明間の対話」の基盤を求めて
   ユネスコとは何か
   「対話」の基盤としての言語
   宗教と多様性
Ⅱ 歴史認識を問い直す
   「東洋」と「西洋」を超えて
   循環と再生の思想へ
エピローグ
資料

まずはじめに、いくつか文章を抽出し、読者に対話の煌きを味わっていただくことにしよう。

「一九四五の当初はまだ、みんなが話していたのは教育文化機関、UNECOだったんです。ところが、そこに「S」が入って、UNESCOになる。その「S」は、じつは日本が関係しているんです。・・・広島、長崎です。」(23-4)

「「日本人とは日本語をしゃべる人間のことである」・・・日本語をしゃべるというのは、第二外国語ではない、日本語で考える人間なんです。大和言葉 というのを基調にしたその響きがある日本語で、ブレインができている人間を日本人というと、彼[森有正]はその場で語ったんです・・・。」(92)

「結局は一神教と言われているほうがむしろ多神教であって、多神教と言われているほうの宗教は、案外一神教的であるという結論になるんです。」「それはどういうこと?」(164)

「いまの世界構造で、新世界秩序なんていうことを掲げるときに、同じ聖書から出て、こういう構造になっているときに、こっちだけは別の文明で、これ はオリエントだと押しつける。そんな無理なことはないんです。だからこれを世界史的にも書き換えていかなければいけない。私は今度、ユネスコでそういうシ ンポジウムをやったら、将来の定義においてはイスラームを完全にオクシデントの中に入れようという提案をするつもりですよ。オリエントと見ている以上は紛 争は耐えません。」(169)

「私は微小宇宙なの。その微小宇宙が死ぬことによってばらばらになって、塵埃(ちりひじ)となって宇宙に浮遊する。そうすると、何かの加減で、また 風が吹いたりして、凝縮して、次の生物になる。その生物は何かわからない。どんな生物になってくるかわからないけれど、そうしてまた地球が生存していれ ば、生存していなかったらもうだめ、だから地球は生存してほしいんだけれど、また地球に帰ってきて、新しい人生をはじめる。私はそういう生死観です。」 (201)

本書では、さまざまなキーワードやキーコンセプトが取り上げられているが、それらを一番深いところで統合しているのは、「曼荼羅」と「萃点」であると思われる。
まず「萃点」であるが、服部先生はこれを、「一連の因果の連鎖が他の連鎖と複雑に絡み合い、相互作用を起こしている・・・。この相互作用により一見乱雑に ばらまかれた事象に、あるとき、ある場所で「引き合い」が起こり、一点に収斂してゆく現象があらわれます。その点を南方[熊楠]は「萃点」と呼びました」 (12)と説明し、また、鶴見先生は、「多様なものが集まり交流する場」(208)であると簡潔に述べている。
次に「曼荼羅」であるが、服部先生は、「南方の画いた線と点との奇妙な交叉図があります。その図を鶴見さんから見せられた中村元博士は、即座に、「ああ、 これは南方マンダラですね」と言ったそうです。以来この図は「南方マンダラ」と呼ばれるようになりました」と名前の由来を説明し、鶴見先生は、「多様なも のが多様なままにお互いに補いあい、助けあって、ともに生きる道を探るのが曼荼羅である」(129。118と208にもほぼ同様の表現がある)と定義して いる。
この「曼荼羅」と「萃点」の思想が、エコロジー、言語、宗教、文明などの領域で対話的に展開され、深められていく。

 本稿では、「地球破壊」(49、206)、「地球の生存」(33)、「エコ・エシックス」(34)などの「地球システム・倫理」の観点に関連するポイントを、いくつか紹介することとしたい。
 この問題を考える上で重要な人物が二人いる―南方熊楠とジャック=イヴ・クストーである。
南方については、鶴見先生が、「南方熊楠は、曼荼羅論を言ったのと同時に、粘菌をずっと蒐集し、観察していた人ですね。粘菌を見ていると、はじめはどろど ろしたアメーバ状で、これは捕食する。だから動物なんです。そして外から風が吹くとか、気候が変化すると、今度は固定して植物になって、茎が出てきて花が 咲く。ところが、その時はもう死んでいるというのです。動物ではない。固定して、何か食べ物が無効からやってこなければ食べられないし、根から養分を吸い 上げて生きているので、捕食じゃない。そういう動物界と植物界が混合して生きているようなもの。動物になったり植物になったりする。それが熊楠の研究の対 象だった。ところが、それはどういう条件で生きられるかというと、低層、中層、高層の植物、つまり中ぐらいの潅木と、高層の木、そしてその下に苔とか、ほ んとのじめじめしたところで、そういうものが全体として保全されているところでなければ粘菌は生きられない。そういうところから自然を見ていて、自然では いろいろな種の植物が一つの地域に同時にあって、生長している。そういう状態でなければ生きられない植物としての粘菌を考えている。だから多様なものがと もに生きていくことが生物の存在条件として大事だという結論に達した。それが曼荼羅の思想と一致する。なぜかというと、自然の観察をすればそういう結論に なるのだと」(119-20)と紹介する。
クストーについては、服部先生が、「クストーは戦争中に、ドイツ軍に占領されていたフランスの海軍士官だった。その時にその海軍士官はぼんやりとしていな いで、何をやっていたかというと「アクアラング」を開発するんです。水中探査装置、いまのスキューバダイビングの装置です。それを「アクアラング」と名づ けて開発して、戦争が終わってかぐ、海底の探査をはじめるわけです。それから七つの海をカリプソ号で回って、それから河川も調べ、八〇年代からは陸にも上 がって生態系を調べ、百本以上の映画を制作します。そしてそれが世界に放映される」(42)ことになったと紹介し、そのようなフィールドワークをやった 「ほんとのエコロジストの地球環境学者」(45)が、「生態系の種の数の多いところは生態系が強い、種の数が減ると生態系はもろくなる」(42-3)と いったことは、重大であると指摘している。
南方とクストーの思想が基盤となっているが、両者の共通点は、自然の「フィールドワーク」(120)を踏まえたエコロジストであること、また、「多様性」 (クストーは42-3、45、123、南方は118)と「循環」(南方は119、201、クストーは41)の思想をもっていることである。

 クストーは、エコロジーモデルが文化レベルでも成立することを主張した。生態系について、種の数が多いところは強く、数が減るともろくなる (fragile)と述べた後、「その法則が文化にもあてはまる」(43)として、「文明も生物と同じである、いろんな文明が共に生きる、生物にしても、 文明にしても、多様なものが共に生きる場合には生き残る可能性が大きい」(16-7)と論じた―そしてこの主張が、「文化の多様性に関する世界宣言」へと 結実していくのである。
 服部先生は、この「世界宣言」にコメントを加えている。「あの宣言では、他者の存在というのが、いわゆる寛容とか、異文化理解の領域をもっと越えている んです。自己が存在するためには他者が必要だといっているんです。他の存在が自己の存在にとって必要条件だといっているんです。これがこの宣言のすごいと ころなんです。」(121)
 この文化の多様性と関連して、「言語の減少」(51-)、「宗教的寛容」(107-)、「矛盾するものの両立可能性」(123-7)、「少数民族の文化の保護」(174-82)といった問題が、論じられている。
文化の多様性の否定、また、地球破壊の観点から、戦争の問題も取り上げられている。鶴見先生は、「戦争は最大の公害で、最悪の地球破壊です」(49)と指 摘し、服部先生は、「自らの価値が世界の価値と信ずる米現政権による市場主義の推進は、地球を確実に壊し、人類もまた存亡の危機に追いやるでしょう」 (206)と、批判している。

 地球破壊の元凶のように思われているデカルトの思想も取り上げられている。デカルトが指摘したオミッションによる歴史の歪曲(155)、望遠鏡の出現を 踏まえたデカルト的懐疑(156-60)、デカルトは自然の中に神の法則があると見たこと(159)、デカルトとスピノザの比較(160-2)、デカルト の神の存在論的証明(160-1)と展開され、ここから人間の自然支配の思想について、「神が自然界にも、人間の脳にも同じ法則を書き込んでいる。した がって、同じ法則を使って人間が自然を統御することができる。こういう論理になってきているんです」(161)と論じている―デカルト哲学を論じた服部先 生の説明(154-63)は圧巻である。
そして、ソルボンヌでの服部先生の指導教官であったポール・リクール教授との会話に触れ、「話がデカルトにおよんだら、私も、「近代のこういう地球破壊と いうか、すべての問題はデカルトから起こっているんじゃないですか」なんていうことをいったら、デカルトはドゥーブル・フォアイエ、二焦点をもった哲学者 だから注意しなさいよと、ポール・リクールさんがぼくにいったんです。そのドゥーブル・フォアイエ、二焦点の哲学者ということを、ぼくはそれからよく考え たんです。一方には科学者としてのデカルト、もう一方はあくまでも神の存在を証明しようとするスコラ哲学のデカルト、その二つがあるというのです」 (163)と述べている。二焦点の哲学者ということを踏まえると、服部先生の質問に対するリクールの答えはどうなるのであろうか。私は、ここを是非知りた いと思っている。

 本書について、紹介すべきことはまだまだあるが、それは読者が本書を手にとって読まれるときの楽しみとしていただくことにしよう。現代文明が直面してい る、自然、生命、人間、社会、言語、宗教、思想、文明等々の問題を、対話を通して深く掘り起こした作品であり、「地球システム・倫理」を考える上で踏まえ るべき観点を、いくつも提供してくれる。本書は、一人でも多くの人に精読を薦めたい叡智漲る名著である。

 最後に、「私はいま、自分がハレに移るということを、すごくうれしく思っているの。死ぬのは怖くないわよ」(200)とも、「自然の中に入寂するのよ、 うれしいわ」(200)とも本書で語っておられた鶴見和子博士が、2006年7月31日、逝去された。享年88歳であった。ここに先生のご冥福を祈念させ ていただきます。
 服部英二先生は、世界を駆け巡り、比較文明学のフィールドワークを手がけておられる。2005年11月7~9日には、「文化の多様性と通底の価値―聖俗 の拮抗をめぐる東西対話―」と題する国際シンポジウムをユネスコで開催され、大きな成功を収められた。先生が御健勝で、ご研究をますます充実していかれま すことを、心より楽しみとさせていただきます。