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文明・文化をめぐって

文明・文化をめぐって
竹村 牧男
岡田真美子

 「地球システム・倫理学会」が、一定人数の参加ながら、熱気のうちに立ち上げられたことは、今日の時代状況の中で、大きな意味をもつものと、心か らお祝い申し上げたいと思う。この第一回大会において、第二フォーラムの司会を、岡田真美子教授(岡山県立大学)とともに担当させていただいたが、フロア から多くの発言があって、与えられた時間も、難なく消化されたことは、大変ありがたいことであった。さまざまな分野の研究者が一堂に会して、そのように活 発な議論を展開しえたことは、記録には残らない部分で、たとえば個個の研究者の心のうちで、多くのものをもたらしたものと思う。
 私が司会を担当した、第二フォーラムのテーマは、文明・文化システムをめぐってのものであった。それは、この大会で、フォーラムに先立って行なわれた、 伊東俊太郎先生による文明システムに関する基調講演と、吉田宏皙先生による文化システムに関する基調講演とを下敷きにしたものである。伊東先生は、文明と 文化の違いを、普遍性と個別性等に指摘され、今後の文明の方向について、「共生・不殺生(非暴力)・公正性」の三点をあげられた。吉田先生は、科学の根底 に哲学があるべきことを、仏教思想を例にあげつつ強調されたと記憶している。
 伊東先生がいわれる文明の普遍性の最大の事例は、科学である。科学の根本には、自然を対象化して分割し操作する立場がある。そこには、人間は自然に対し 優位にあるという考え方が横たわっている。こうした文明の地球全体への席捲に対して、今日、生命中心主義のエコロジーが注目されたりしている。確かにこう した視点によれば、他の生物をことさらに殺生したり、消費したりすることは控えられるであろう。しかし我々は他の生物等をいただくことなしに、生きていく ことはできない。このことについては、「ことさらに」殺生・消費することは避けるべきということだとの意見が出され、大方は了解されたようであった。この ときさらに、他の生物だけでなく、非生物も含めて、他の存在を極力尊重していくべきだとの意見が出され、私はそこまで考えておられる方がいるのかと、驚嘆 したのであった。
 人間中心主義を否定する生命中心主義のエコロジーは、文明の極端な排除になったり、神秘主義になったりしやすい。確かに、我々が今日、当然と信じて疑わ ない過度の消費と便利さとを享受してやまないライフスタイルは、深く反省し、改めていかなければならないに違いない。このとき、東洋の伝統文化等が育んだ ライフスタイルとその理念とは、大きな示唆を与えてくれることであろう。しかし今後、地球を救うためには、科学と技術を駆使して対処することも、おそらく 必要であろう。それらをまったく無視することはできないばかりか、かえって問題の解決を大幅に遅延させることになろう。大切なのは、そうした科学・技術 を、どのような方向で活用していくかだと思われる。
 たとえば、北側先進国が、これまで築きあげた豊かな消費生活の水準を維持し、南北間格差を温存したまま、地球環境の維持をはかろうとするのでは、人類全 体に対して公正性を欠くことになる。共生は実現せず、見えない暴力を行使し続けることになるのではないか。そのような「サステイナビリティ」は、必ずしも 尊いものではないであろう。とすれば、単にクリーンなエネルギーを開発したり、省エネ技術を進展させたりすればよいのではなく、地球という環境そのものと すべての人々とが、豊かで生き生きとしていられるにはどうすればよいのか、という課題を根本にすえて、諸問題の解決の方途を考えていくべきである。このと き、我々は、地球上に住むあらゆる人々の生に思いを寄せるべきだし、さらに未来に地球に住むであろう人々の生に思いをはせるべきである。すなわち、「見知 らぬ他者」との連帯の中で、諸システムのデザインを考え、その中で科学・技術を主導していくべきである。この「見知らぬ他者」への深い配慮が、自己の生を も開くということは、やはりこのときのフォーラムの発言の中で示されたことであった。
 その意味で、伊東先生が提示された「共生・不殺生・公正性」の理念は、深い意味を持つものだと思う。この理念の正当性や、考え方は、世界諸地域の文化の 中で、それぞれ独自に、深く考察されてきたことと思われる。文明システム・文化システムの課題としては、ひとまず、世界諸地域固有の人間観・世界観の中の 「共生・不殺生・公正性」にかかわる思想を自覚し、比較考察し、それぞれの聖性を尊重しつつも普遍的な倫理ないし行動基準を鋭意、確立していくことにある と言えるであろう。        (以上、竹村牧男)

このフォーラム参加者の共通関心は―、「存在維持のための愛と叡智の見出しあい」ということになろうか。闊達な意見交換が行われた中からキーワードをいくつか拾ったので、それをテーマ別に列挙して司会報告に変えたいと思う。
1.「多様性」に関連する議論
 文化多様性:伊東俊太郎先生の発言中に、文化交流して一元化するのではなく、文化のレベルは多元的にあるべきであるという指摘があった。温暖化の地域性  安田喜憲教授から温暖化には地域のよって年代差があリその影響も異なる。また南極は寒冷化が始まっているという最新の報告があった。そのほか、マルチ人 間ということばもでて、環境はトータルに考えて取り組んでゆかなければならないということがさまざまに論議された。今後多様な視点の共有のために、もっと 理系の研究者を加えてゆく必要も感じた。
2.他者の尊重にまつわる議論
見知らぬ他者へのケア [麗澤大・水野教授] 他者認識[伊東教授]などを巡る丁寧な意見交換があった。また正木晴彦教授が指摘された人類学的センチュアリズムからバイオ・セン チュアリズムへの動きというものは、生命なき物にも及ぼされる倫理的規範を考えてゆくという方向へ進む学問界の潮流をうかがわせた。これは縄文来のわが国 の生命観の伝統に沿うものであり、大いに注目される。
3.知を洗い出すために
森の〈聞こえない〉音を聴く(安田教授)、如実知見[坂部明教授]という態度で環境を観て、言語化できない真理を何とかして伝える努力を続けるということ。大人になる[長川窪教授]歴史に学べる人間になる [関教授] ことの重要性が言われた。
排除・強制をなるべくしせずして、どこかで人につながろうと努力してあきらめないということを確認したフォーラムであった。さらにこの動きが活発に継続されんことを祈る。

(以上、岡田真美子)