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会長挨拶

理性の可能性と人間性の限界

地球システム・倫理学会会長 
近藤誠一

 世界情勢は混迷の色を深めつつあります。とりわけ諸々の混乱が、不安定地域とみなされてきた中東やアフリカ等の途上国のみならず、戦後世界の秩序づくりをリードしてきた先進国にも及んでいることが気がかりです。アメリカにおけるトランプ現象、欧州におけるテロと反移民感情の高まり、そして英国のEU離脱です。

 これらはいずれもグローバリゼーションの進展に不安や怒りさえ抱くひとびとによるポピュリズムだと言われています。しかし問題の根底にあるのは、西欧近代主義の象徴ともいえる自由・民主主義という理念が、現在適切に機能していないということだと思います。そしてそれはこの理念体系自体に欠陥があるからではなく、制度の性質を熟知せず、適切に運用できていないことからくる問題なのです。

 自由・民主主義という理念体系の基本にある概念は、個人が市場で自由に自己の欲望を満たそうとすれば、「見えざる手」によって全体が進歩するというアダム・スミスのいわゆる「予定調和」論です。そして意見の違いが議論によって調整できなければ多数決によって決める、争いになったら法の下の公正な裁判によって決着するという体系です。理念の体系としては見事に完結しています。

 しかしこの理念体系では、ひとがみな合理的に行動することが大前提になっています。ひとには理性があるからそれは可能だし、それこそ人間の偉大さだと考えたのが啓蒙の時代です。以来それは人類の誇りとなり、「近代文明」の中核となって産業革命や、科学技術の発達を生み、自由・民主主義において結実した(と思った)のです。ところが現実社会ではひとの感情は非合理的で矛盾に満ちています。理性を代表する科学は言語によって次々に後の世代に引き継がれ、積み上げられて進歩しますが、ひとの感情はそれぞれゼロから出発して死とともに終わるもので、古来「進歩」はありません。そして皮肉なことに、市民革命を経てやっと勝ち得た「自由」は、誰もがもつ嫉妬や恨みなどの反社会的な情念を解き放ってしまうのです。我々は意識的に理性の力を維持し、モラルを高め、感情を抑制して合理的に行動する術を身につけて初めて、社会を理念型に近づけることができます。しかしそうするには一般の人間はあまりに弱く、理念の実行には大きな限界があることを最近の事象は示しているのです。とりわけ自由・民主主義を標榜する欧米の力(軍事・経済)が相対的に落ち、また成功ゆえの油断によって利己主義や腐敗など理念に反する行為が生じると、民衆の感情的不満が頭をもたげ、理性による抑えが効かなくなってきたのです。それまで抑圧されてきた途上国において、目の前の不満と、十字軍やアヘン戦争以来の歴史的怨念が結びついて、過激派によるテロを生んでいます。先進国内でも民衆の間にある格差等への不満が心底にある人種差別と結びついてコントロール不能になりました。美しい理念も「きれいごと」に過ぎず、それに裨益するのは既成政党やEU本部というエリート層、さらには移民たちだけで、自分たちは置いてきぼりで馬鹿をみたのだと考えて反逆し始めたのです。

 どうすればこの文明の危機から人類を救うことができるのでしょうか。理性の復権のために規律を説くだけでは民衆は納得しません。人間の弱さは将来にわたり不変でしょう。しかし大衆の感情におもねっては衆愚政治に陥るだけです。ここで思い起こすのが、アマルティア・センの言葉です。


「『理性的でないこと』に溢れている世界であっても、理性は正義を理解する上で中心的な位置を占めるのである。さらに言えば、そのような世界だからこそ、理性は特に重要なのである」(『正義のアイデア』)


さらに会報第9号で服部前会長が述べておられる、「自然を客体化する理性ではなく、自然の中にあってその声を聴き、感性と響き合う理性」を求めるということ、言い換えれば欧米的な理性ではなく、アジア的な理性を取り戻すということに答えがあるのではないでしょうか。


2016年1月31日
 

 

地球システム・倫理学会の特徴と使命

地球システム・倫理学会第二代会長 
服部英二
 本学会は「地球と人類の未来を考える会」です。
 入会に当たって、学会という名称によって連想されるような職業的制約はありません。
 大学や研究所の教職・研究職についていない人の中にも、今全人類が直面している、地球環境と人類の存続の問題を真剣に考えている人は沢山います。
 これらの方々にも開かれた学会であることをわれわれは目指しています。すなわちその特徴の第一は、誰でも参加できる「開かれた学会」です。
 次に本学会は同じ問題意識を共有する内外の全ての研究機関との交信を図ります。そしてそれら研究機関との連携、更に研究機関同士の情報の交換を促進すべく、2011年、会員に加えて「協賛研究機関」というカテゴリーを創設しました。すなわち本学会の二つ目の特徴は「絆を創る学会」です。更に本学会は、日本人の持つ優れた資質を評価しつつ、その最大の欠陥であるコミュニケーション力の不足に対処する、という大きな使命を帯びていると自覚しています。世界に向けてのメッセージの発信です。
 2011年3月東北を襲った大震災と巨大津波の折にも、世界中からの支援と連帯の声が寄せられながら、日本側の情報の管理と発信力の不足が痛感されました。
 これに対し、われわれは学会での研究の成果を世界に発信すると共に、発信力を持つ世代の養成を意図しております。すなわち本学会の第三の特徴は「発信する学会」です。
 このような理念に基づき、本学会は2011年の研究大会を「新しい地球倫理を求めて――覇権主義の終焉 In Search of a New Global Ethics?Toward the end of Hegemonism」をテーマとした国際シンポジウムを中心として組織し、これに賛同する世界的頭脳の参加を得るに到りました。従来の文明史を律してきた「力の文明」から「いのちの文明」へのパラダイムの転換が大きな論点となりましょう。
 具体的な発信のアクションもうひとつの例として、本学会は、国連に「地球倫理の日」International Day for Global Ethicsの設定を働き掛けております。すなわち現在の地球文明システムの破滅の原因の深奥に「倫理」の欠如を見てとらねばならぬと訴えるものです。
 このように、開かれた学会・絆を造る学会・発信する学会の3点を指標とする本学会は、そのため世界で志を同じくする人々に参加していただくべく「協賛会員」Associate members という新しい会員カテゴリー設定しました。2011年4月現在、これらのカテゴリーに上げられた個人や研究機関の名は本年報に明記されておりますが、年々増えて行くでしょう。更に本会報をはじめとする出版物も多くの部分を英文併記とし、そのまま世界の識者に供しうるものを目指してまいります。
 これを読まれた皆さまの本学会への参加をお待ちしています。
2011年6月17日
 

 
地球システム・倫理学会『会報』第一号巻頭言
地球システム・倫理学会名誉会長
 伊東俊太郎
 われわれはいま、21世紀の初頭に立って、人類と地球の未来を真剣に憂うる事態に直面しています。
 地球温暖化をはじめとする環境問題、生物種の絶滅などの生態系の危機、核兵器や生命操作などの科学技術による文明の歪み、宗教対立によるテロや暴力の発生など、人類史において未だかつてなかったような、見通しのつかない不穏な時代に突入しています。
 この危機的状況を克服して、これからの人類の存立を後世に確保してゆくためには、もはや、1地域、1国家、1文化、1文明にとどまっていては解決できず、まさにそれらの問題を地球的連関において考察し、そのシステムとしての倫理をあらためて構築してゆくほかはないでしょう。
 このような地球的問題群の解決に向かって、自然・人類・文化・文明の新しい在り方を創り上げるために、その間の調和的「地球システム倫理」を構想し、実践してゆくことは、これからの人類の喫緊の課題であります。そのためには、これまでさまざまな領域に分断されていた知識や経験を、生ける地球と人類の存続という目的に向かっての新しい英知として再統合すべく、分野を異にする同じ志の人びとが結集し、世界にさきがけて訴えてゆくことが必要であります。
 われわれは、このような方向の研究を進め、その実現を期するための市民的な新しい学会、「地球システム・倫理学会」を2006年に設立し、2月には創立総会をもちました。その成果を収め、さらにこの方面の最近の書物、国内外の情報なども伝え、われわれの運動をさらに拡げてゆくために、『地球システム・倫理学会会報』を創刊し、ここに第1号を送り出すこととなりました。
本誌を媒介として本学会が益々発展し、21世紀の人類の、よりよき生存のために寄与することを、つよく願ってやみません。
2006年10月25日